内藤源助愛刀の鍔
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更新日:2012年5月18日

内藤源助愛刀の鍔(市指定)
所在地:稚内公園北方記念館この鍔は、桐鳳凰の図柄、鉄地の縦長丸形片切彫で、彫刻の鳳凰は口ばしを銀、トサカを金の象嵌をなして、その片切彫は極めて美しいものです。
蝦夷地警備のために軍将として宗谷に出陣した会津藩家老内藤源助信周が愛用していた刀の鍔で、それが今日に伝えられて来たと云われています。
内藤源助は命を受けて露冠に対する北方警備のため兵587名を率いて、文化5年(1808年)4月に宗谷へ着任しました。当時、宗谷には水腫病と云う風土病が流行し、50数人の藩士が死亡する辛苦をなめています。
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