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<ネベリスク歴史・郷土博物館>のオープニング(2014年9月5日)

ネヴェリスコイ記念碑に献花するパク市長(左)と工藤市長(右)。9月6日の「ユジノサハリンスク道北物産展2014」開幕に合わせたサハリン訪問の中で、工藤市長は永く稚内市との友好都市交流を続けているネべリスク市を訪ね、「建都160年記念事業」の一部である<ネベリスク歴史・郷土博物館>のオープニングセレモニーに参加しました。

<ネベリスク歴史・郷土博物館>は、1989年に設立され、市内の住宅用の建物の一部を利用し、郷土資料や歴史資料の展示や収蔵等を続けていました。開設25年を迎える今年、嘗てネべリスク地区行政府庁舎として使用されていた建物を利用して新たにスタートすることとなったものです。

この日は、ネベリスク市のウラジーミル・パク市長他市関係者や市民、市内の児童生徒が多数参加したネべリスコイ記念碑、並びにルダノフスキー記念碑への献花式に参加した後、<ネべリスク歴史・郷土博物館>のオープニングセレモニーに望みました。

挨拶に立つ工藤市長。“ネべリスク”という街の名称は、ロシアによる国としてのサハリン進出に功績が在り、サハリン等の地理的な情報をロシアで詳しく紹介することになったゲンナージー・ネヴェリスコイに因むものです。ゲンナージー・ネヴェリスコイは、現在のコルサコフ地区に砦を設け、サハリンでの活動に従事しますが、その一環として部下であったニコライ・ルダノフスキーに各地の調査を命じます。砦の近くから調査を開始したニコライ・ルダノフスキーはサハリン各地を踏破し、地図の作成やアイヌ人等の現地住民の居住状況の調査を行います。1854年に日本海岸南部の、現在のネべリスク地区周辺を調査しましたが、ネべリスク地区ではこの故事をもって“建都”と位置付けています。一種のユーモアですが、「ネヴェリスコイはネべリスクに来ていないと見受けられるが、ルダノフスキーは実際にここへやって来た」と言うネべリスクの方も在ります。

<ネべリスク歴史・郷土博物館>のオープニングセレモニーは、市関係者や市民、市内の児童生徒の他、サハリン州政府文化省や、館内のレイアウトデザインに携わったデザイナー、工事を請負った会社の代表等、多くのゲストも招かれて盛大に催されました。ネベリスク市のパク市長と共に、工藤市長はテープカットに臨みました。

テープカットの様子。テープカット後、博物館の担当者の御案内で、工藤市長はパク市長と共に館内を見学しました。ネベリスク市としては、「本斗の時代」に関する展示に厚みを持たせることを目指しており、その時代からの縁が友好都市提携の切っ掛けの一つともなっている稚内市の市長が博物館のオープニングに参加したことに関して、「大変に歓迎すべき、嬉しい出来事」としていました。

住宅用の建物の一部であったものが、旧行政府庁舎の建物全体となったことから、<ネべリスク歴史・郷土博物館>は展示スペースが大幅に増えた外、展覧会やセミナーに使用出来るスペースも備えることとなりました。展示はオープン後にも順次充実を図り、今後は「ネベリスク市・稚内市の友好都市交流」の内容を含む展示の充実を図りたいとのことでした。

ネべリスク市では、この<ネベリスク歴史・郷土博物館>を市民や地元の児童生徒に留まらず、大勢の来訪者に地域の歴史やその他の情報を伝える拠点として、色々な活動の舞台となる文化発信センターとして育んで行こうとしています。

本斗時代の様子の展示地元に縁の作家による絵画、ロシア各地の伝統的衣装をあしらった人形の展示
館内の展示の様子。展覧会等に供されるホール。

お問い合わせ先

企画総務部サハリン課
稚内市中央3丁目13番15号
交流促進グループ 0162-23-6486(直通)

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