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望郷の樺太の碑


 

望郷の樺太は、樺太(現サハリン)からの引き揚げ者らでつくる全国樺太連盟により、2019年7月19日、稚内公園に建立されました。

終戦まで日本が統治した樺太には、戦後建立された日本人の慰霊碑が23基存在しています。樺太連盟では、会員の高齢化に伴い渡航と維持管理が難しくなったと判断し、これら慰霊碑の存在を明記した恒久の碑を、樺太を眺望することが出来る稚内公園に建立することとなりました。

碑の設計にあたっては、2018年4月、樺太に対する望郷の念を想起させるデザインであることを条件に、札幌市立大学デザイン学部にデザインコンペ(碑の概念設計)の要領で依頼し、同年7月に佐藤祐衣さんが最優秀作品に選ばれ、碑のデザインが決定しました。

碑の正面中央には「望郷の樺太」の文字とともに、樺太の地図が描かれています。

2019年7月19日に行われた碑の除幕式には、樺太連盟の西本美嗣会長のほか、全国から約100名の会員が集まり、それぞれ古里に思いを馳せていました。

 

 碑文

 1905年ポーツマス条約により日本の領土となった北緯50度以南の樺太には、40年間にわたって、わが同胞が酷寒未開の大地に挑み、農林水産業をはじめ商工業や鉱業などの産業を興し、国の経済を支えるまでに発展を遂げました。

 ところが1945年の敗戦により、ヤルタ秘密協定に起因する、一方的な領土分割によりソビエト領土とされ、40万人の樺太島民は、北海道をはじめとする日本各地に移住させられたのであります。

 こうして各地に居住した同胞は、望郷の念止み難たく、同窓会やふるさと会を組織して、樺太の思い出の地に、望郷の碑や鎮魂の碑を建立してきましたが、あの敗戦の日から73年、樺太連盟会員や同胞の高齢化が進み、23箇所の碑の維持や現地訪問が困難となったため、稚内市のご協力のもとに、わたしたちの故郷樺太を臨むこの地に、望郷の碑を建立することとなりました。

 ここに佇み樺太の島影を眺め、その40年の歴史に思いを致していただければ幸いです。

 

 2019年7月19日

         一般社団法人 全国樺太連盟

会長 西本 美嗣

 

お問い合わせ先

建設産業部観光交流課
稚内市中央3丁目13番15号
観光戦略グループ 0162-23-6468(直通) 連携推進グループ 0162-23-6272(直通)

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