1月21日12時(昭和時間)、厚い氷と積雪に苦戦していた「しらせ」が昭和沖接岸を断念。昭和基地から直線距離で21キロ程の位置ですから、少し高いところに登ると見えるんですが…。
35次隊以来18年ぶりの接岸断念。
なんともショックな一報でした。
昨年(2011年)の11月に晴海ふ頭を出航した「しらせ」は、私たちが乗艦したときと、ほぼ同じペースで進んでいましたが、12月中旬、乱氷帯につかまりました。
夏作業の準備に必要な物資と人員だけは早めに送ろうと、23日に第1便は飛んだものの、それ以降、「しらせ」の足は止まりました。
毎日、無線で定時交信を行うのですが、1月に入っても、変化の少ない現在位置情報に「大丈夫だろうか?」と不安を覚え始めました。
世界屈指の砕氷能力を誇る「しらせ」ですから最後は何とか着いてくれるだろうと楽観視してはいたのですが…
「しらせ」が接岸しないということはどういうことなんだろう?
自分なりに色々と考えました。
私たちは、どちらにしてもヘリコプターで「しらせ」に戻りますので、帰れないということはないんですが、帰るとしても荷物制限があったり、天候によっては突然の帰艦ということも考えられます。
持ち帰る物資の準備は始めているものの、「しらせ」が接岸してからでも間にあうと思っていたものや、私物等はまだ準備されていません。
この後、何を優先して準備すべきなのか?何を優先して持ち帰るべきか?
全体調整が業務である庶務として、また、輸送担当者として、何から手を付けどう考えたらよいのか戸惑いを覚えました。
過去の例が少なすぎて教科書が無いんです。
50年以上に亘る南極観測ですから、多少のトラブルは過去の例が参考となり対処することが出来ます。また、多少応用問題になることはあっても、過去例の無い事例なんてものはそれほどありませんでした。
しかし、今回はまったくの白紙から考えなくてはなりません。
一番の問題が物資輸送です。観測隊の第1優先事項は越冬成立です。
そのために必要な食料や燃料は必ず運び入れなければなりませんが、その量が一番多いんです。
燃料のほとんどは「しらせ」と基地のタンクをホースで結び、直接送油する予定でしたが、それもできません。
つまり燃料を入れる容器作りから始まり、それを空と氷上の両方から運び入れます。
ヘリコプターは飛んで良いとされる時間が決められています。また、直線距離で21キロといっても、海氷上の輸送可能ルートは30キロ程度になり、氷上輸送も1日に1往復が精一杯です。このような限られた輸送方法で53次越冬に必要不可欠な物資は必ず運び入れる必要があります。また、我々の持ち帰り物資についても、最低限は持ち帰らなければなりません。
「最悪の状況を想定して早めに行動すること」隊長に言われたこの言葉どおりに行動していたつもりとはいえ、現実となってしまった最悪の状況に「大丈夫か?間に合うだろうか?」不安と焦りでいっぱいの中、21日午後、「しらせ」との輸送調整会議に臨みました。
|