稚内空港は、昭和35年4月1,200m滑走路を有する第2種空港(運輸大臣設置管理)として供用が開始され、以来、道央圏及び利尻・礼文を結ぶ北海道北部の輸送拠点空港として重要な役割を担ってきました。
年毎に輸送需要が増大するなか、ジェット機就航が地域の強い願いとなり、誘致運動が展開された結果、昭和58年滑走路を2,000mとする整備基本計画が策定されました。
昭和59年より整備が開始され、滑走路、空港事務所庁舎など関連施設や空港ターミナルビルの建設が急ピッチで進むとともに、周辺に密生する湿原植物の鑑賞を核とする空港公園も併せて建設するなど、全国に例を見ないユニークな空港づくりが進められました。
昭和62年6月には1,800m滑走路が完成し、待望のジェット化が実現、稚内―千歳間、稚内―東京間にボーイング737型機(126人乗り)が就航しました。昭和63年10月には冬期運行の安全性を確保するため滑走路2,000mが完成、計器着陸装置(ILS)も導入され、名実ともに道北地域の空の玄関口としての体制が確立されました。
平成元年8月には、夏期のみの季節運行ながら東京直行便に中型ジェット、ボーイング767型機(234人乗り)が就航、大量輸送時代を迎えるとともに、さらに平成7年6月には関西直行便のA320型機(166人乗り)が就航、また、平成16年6月には名古屋直行便が就航し、観光関連産業等に寄与した波及効果は計りしれないものがあります。
空港所在地である稚内市は、北方圏国際都市を実践しており、平成7年5月よりサハリン州コルサコフ間に定期航路が開設し、さらには、サハリン石油プロジェクトの後方支援基地として大交流時代における北の交流拠点基地として、今後さらに航空需要の増大が見込まれることから、空港のネットワークづくりを進めるとともに、冬期間における中型ジェット機の安全で確実な就航に向け努力をしております。
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