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大韓航空機撃墜事件という悲しい事件をくりかえさないように、みんなで平和を願おう!

祈りの塔
祈りの塔 昭和 58 年にわっかないのすぐ近くのサハリン西海域(かいいき)で起こった「大韓航空機撃墜事件(だいかんこうきげきついじけん)」は今でも思い出す人が多い事件(じけん)でした。

 祈(いの)りの塔(とう)は事件からちょうど 2 年たった昭和 60 年に遭難者(そうなんしゃ)の慰霊(いれい)と世界の恒久(こうきゅう)平和を願って、サハリンを見ることができる宗谷岬(そうやみさき)の高台につくられました。

 塔は「鶴(つる)が大きく羽を広げ、天空に首を持ち上げる姿(すがた)」をしていて、事件の真相と真の平和を鶴のように首を長くして願いを求める様子を表しています。 19.83 メートルという高さは事件の起きた 1983 年を、 16 枚(まい)の羽は遭難者の 16 カ国の母国を、 269 枚の白御影石(みかげいし)は遭難者の数である 269 名をそれぞれ表しています。







大韓航空機撃墜事件って何?

昭和 58 年、ニューヨークからアラスカのアンカレッジという都市を通って韓国(かんこく)のソウルへ向かう大韓航空機ボーイング 747 は予定飛行コースを大幅(おおはば)にずれてサハリン上空へ侵犯(しんぱん)。サハリンの基地(きち)から緊急発進(きんきゅうはっしん)した戦闘機(せんとうき)のミサイル攻撃(こうげき)を受け、モネロン島沖合(おきあい)に墜落(ついらく)。乗っていた乗客の 240 名(うち日本人 29 名)と乗員 29 名の合計 269 名が全員死亡(しぼう)する悲惨(ひさん)な事故でした。

 遭難現場にもっとも近いわっかないは事件調査(ちょうさ)の前線基地として世界中から注目を浴び、毎日のようにトップ記事となりました。人道的な対応(たいおう)をしたとして、わっかない市は国際的(こくさいてき)にもほめたたえられました。


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