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第46次南極地域観測隊 近江隊員の南極滞在記(2005年11月分)

11月1日(火)

(天候:雪・最大瞬間風速:13.9m/s・気温(最高:-9.5℃ 最低:-11.9℃)(日出3:03日入21:11))

 今日、午前8時45分より和歌山県河根中学校とTV会議中継が行なわれました。この中学校は地学部門の隊員の出身校ということでしたが、校舎なども新しくなり昔の面影がなくなっていたようでしたし、生徒の数もかなり少なくなってしまったそうです。この会場には当時の先生がきており、懐かしそうに話をしていたのが印象的でした。
 このTV会議は越冬後、毎月コンスタントに実施されてきておりましたが、11月の予定回数は3回となりました。あとは、隊員関係では1回となりこのTV会議もそろそろ終わりを迎えることになりそうです。

今日のTV会議出演者の写真
(今日のTV会議出演者です。)

 日本の多くの子ども達に、今の(リアルタイム)昭和基地の周りの様子、隊員の生活の様子や観測の内容など多くのことを伝えることができたのではないでしょうか。子ども達のいろいろな質問に専門の隊員(時には専門外の隊員が応えることもありました)ができるだけわかりやすくと、写真やビデオを使いながら回答していました。回答時間が限られていますので、短時間で理解してもらえるように様々な工夫をした素晴らしい回答ばかりでした。
  このことがきっかけとなり将来、南極観測隊員となってこの地を訪れ、実際に南極の素晴らしさを感じてほしいものです。そしてその時は回答者として次世代に素晴らしさを伝えてほしいものです。
  私も地元稚内市とは越冬直後の2月11日と10月22日に2度にわたり行なわせてもらいました。それぞれの質問に対して多くの専門隊員の協力を得て、わかりやすい回答をしてもらい、どちらの中継も大成功を収めることができました。協力を頂きましたたくさんの隊員の皆さんに改めて感謝をしています。
  このTV会議が果たした役目は、今後の南極観測事業にとって大きな役割を果たしたのかもしれません。わずかではありますが、その一員として参加させてもらえたことに感謝します。

稚内市とのTV会議中継模様の写真
(稚内市とのTV会議中継模様です。)

 さて、ドーム旅行隊の航空支援は、ARP-2地点で引き続き滑走路の整備を行なったそうです。また先発隊は順調に進み本日は54㎞を走行しMD364(中継拠点)に到着したそうです。この中継拠点は約2ヶ月ほど前に来ていますが、そのときに訪れたメンバーがこの日のためにといろいろなプレゼントが置いてあったそうで、初めて訪れた隊員は感激をしていたそうです。明日以降もドームふじ基地を目指して前進あるのみです。

11月2日(水)

(天候:雪一時曇・最大瞬間風速:7.0m/s・気温(最高:-10.2℃ 最低:-15.6℃)(日出2:59日入21:16))

 11月に入り野外活動が活発になりますが、1日には3泊4日の日程でスカーレン方面に宇宙線観測で3名、今日は8泊9日の長丁場の日程でラングホブデ方面(ぬるめ池、親指池、西ハムナ池)でのコアリングを目的として5名が出発しました。また、アデリーペンギン個体数調査が始まりますので、弁天島、ルンパ方面への日帰りでのルート工作(3名)も行なわれました。そのために今日の昼食は19名しかいませんでしたので、一段とひっそりとした昼食になっていました。

いつもの席が空いていますの写真
(いつもの席が空いています)

 また、1号発電機が不具合を起こして作動しなくなっていましたので、修理調整を進めており、今日の午後から最終テストが行なわれました。発電機担当隊員の懸命の調整作業の結果、無事に1号発電機は復活したのです。不具合が生じてから約2週間ほどの間、発電機担当隊員はほぼ毎日調整をし続け、一時は食が細くなってしまうとこともあった?そうですが、本日、無事に動き出しようやくほっとしたところでしょう。お疲れ様でした。

復活!1号発電機の写真
(復活!1号発電機)

 このように、設営部門は昭和基地の設備の保守管理を日夜行なっています。電気や水は普通にスイッチを押すと明るくなったりパソコンが使えたり、蛇口をひねると常に水が出てくることが当たり前のように、何ら不自由なく観測や生活ができるような状態を保つことが設営部門の仕事になっています。インターネットも今では当たり前のように使っていますが、これも日々の保守点検業務があってこそ出来るのです。観測部門をサポートする設営部門は観測部門と同様に越冬交代までは緊張し続けていくのです。

11月3日(木)

(天候:雪後晴・最大瞬間風速:6.9m/s・気温(最高:-10.4℃ 最低:-18.6℃)(日出2:54日入21:21))

 本当に1日1日暖かくなっていくのが実感できる今日この頃。太陽の高度も1ヶ月前とは随分高い位置にあり、それにつれて日差しも日に日に強くなりほんの数時間、外作業をしているとかなり日に焼けてしまうくらいです。オゾンホールの大きさは、8月中旬~10月中旬に面積が増え、特にピークを迎えるのは9月中旬頃であり、11月は縮小していってはいますが、そのオゾンホールから降りそそぐ紫外線を直接浴びてしまうといろいろ皮膚に悪影響をおよぼしますので、最近は日焼け止めやUVカットのリップクリームを塗って作業をしている隊員があちらこちらに・・・私も午後から数時間外に出ていまして帰ってきて鏡を見るとビックリするくらい顔が日に焼けているではありませんか。  まだほんの数時間でしたので、それほどひどくなく数日で元に戻ってしまうくらいのものです。
 12月に中旬に47次隊が来て氷上輸送が始まり、外にいる時間がずいぶん長くなりますので日焼けには充分注意して作業に当たり、皮膚を保護しなければと思っています。
 47次の隊員もほとんど南極経験が初めての隊員が多いので、この日差しの強さもビックリすることでしょう。それよりも私達46次隊が余りにも汚く?ではなく、たくましく見えることでしょうね。顔は真っ黒、防寒着は汚れて真っ黒い人、また薄着でヤッケを着ないで作業をするわけで、私たちも45次隊の出迎えを受けた時の第1印象が、「さすが越冬をしたたくましさ」がにじみ出てビックリしたのを覚えています。その時と同じかどうかはわかりませんが、昭和基地で越冬をした自信、経験が身体からにじみ出ているといいのですが、はてさてどのようにみえることでしょうか・・・

(昨年の風景です)
昨年の風景 越冬した風格が・・・の写真
昨年の風景 46次隊、今見ると新鮮ですねの写真
(越冬した風格が・・・)
(46次隊、今見ると新鮮ですね。)

 さて、ドーム旅行隊の先発隊は「ドームふじ基地」を目指し今日も前進あるのみでした。本日の走行距離は56.2㎞。雪面の凹凸が無くなってきたそうですが、軟雪になってきているらしく走行に苦労したそうです。そんなことにはめげずに前進したところが我らの精鋭部隊です。ドームふじ基地はもう直ぐです。

11月4日(金)

(天候:曇後一時雪・最大瞬間風速:6.7m/s・気温(最高:-13.6℃ 最低:-25.6℃)(日出2:48日入21:26))

 午後から天候が良かったために2度目の氷山調査を行なってきました。前回の調査でめぼしをつけていた4箇所の氷山の中から一つを選び、その氷山までのルート作りを行いました。管理棟のすぐ前の岩島の手前にある氷山ですので距離的には約1㎞程度と短く見通しもきく場所ですし、氷厚も1m以上確認されていますので特に問題はないのですが、最も安全なルートを確保しなければなりません。今のところ8~9日に採取を予定しています。中型ダンボールが25kgになるように詰め込み150個採取します。多少、重量ありますので腰痛等起こさないように気をつけながら安全に終了するように準備万端で臨みたいと思っています。

氷山を吟味中の写真
調査終了後、昭和基地へと帰る途中の写真
(氷山を吟味中です)
(調査終了後、昭和基地へと帰る途中です)

 さて、地学部門のコアリング班はコアリングを予定している「ぬるめ池」までのルート工作と水深調査また「おやゆび池」の水深調査を行い明日以降のコアリングの準備を行なったそうです。
 また、もう一つの地学班はホブデ湾までのルート作りと海底湧出量計の設置作業(2箇所)を行い、こちらは日帰りの活動となったのです。この湧出量計での調査も残すところ2箇所となり、終盤を迎えてきているのです。
 どちらも天候に恵まれましたので、計画どおり進めることができました。
 基地周りでは、除雪が各所で始まりました。ブルドーザー、ユンボ、等の重機をフル活動させて除雪作業が本格的に始まり、来週からは砂まきを行い融雪を進めることも行なわれます。47次隊の夏作業がスムーズにできるように行われている除雪作業。何か稚内の3月の風景を思い出したのでした。昭和基地も春を迎えていますが、最低気温がマイナス25度を記録しているところがさすが南極ですね。

重機が大忙しの写真その1
重機が大忙しの写真その2
(重機が大忙しです)

11月5日(土)

(天候:晴一時雪・最大瞬間風速:5.8m/s・気温(最高:-14.2℃ 最低:-21.5℃)(日出2:43日入21:32))

 ドーム旅行隊の先発隊はMD538地点を出発し、18時42分にMD598地点に到着したそうです。走行距離は60.4㎞。今日は雪面が非常に軟く走行に非常に苦労したとのことです。出発時からソリが雪に埋まってしまい7台を一気に引ききれず、やむを得ず1台ずつ雪面の安定しているところまで引き出しようやく動かせたのですが、その後も雪面の状態が安定せずにソリのランナーの跡がくっきりと点いており、ところによってはそりの腹が雪面にくっついてしまっているところもあったそうです。それだけ雪面が柔らかい中で何とか本日の目標である60㎞を走破したのです。明日も60㎞を目標にするそうで、本日のキャンプ地(MD598地点)からドームふじ基地までは137㎞のところまで来ました。予定では明後日に着くことになりますが、この軟雪が果たして行く手を阻むのでしょうか?いいえ、これしきのことではドーム隊はへこたれません。予定通り明後日には無事、到着の連絡が来ることでしょう。
 さて、もう一方の航空支援隊の方は航空機への給油のための燃料等を給油ポイントまで移動させ受入れ準備がほぼ完了。後は飛行機が来るのを待つのみとなりましたが、その47次ドーム隊はロシアのノボラザレフスカヤ基地で悪天候のため停滞を余儀なくされているそうです。天候が回復次第、ARP-2地点に向かってフライトをする予定となっていますが、これも天候次第となっていますので、じっと天候回復を待つのみです。

11月6日(日)

(天候:薄曇後一時晴・最大瞬間風速:13.3m/s・気温(最高:-13.8℃ 最低:-21.9℃)(日出2:38日入21:38))

 今日の休日日課は、天候がとても穏やかな一日となりました。野外研修は、3名が岩島までの2時間コースを暖かい日差しの中、楽しんでいました。このように徒歩での野外研修は残り少なくなって来ています。
 そんな中、私はといいますと8~9日に予定しています公用氷採取オペレーションの準備をしていたのです。氷山から取った氷を詰めた中型のダンボール(25kg)150箱を発電棟横の冷凍庫に保管しますので、その入口の除雪を機械隊員と行っていたのです。機械隊員がブルドーザーでダンボールを運び入れやすいようにと雪面を綺麗にならしてくれました。私はブルドーザーに的確な?指示をするだけでしたが何とか安全に運び込める状況になったのです。
 25kgのダンボールをソリへの積込み、そして冷凍庫へ運び込みをしなければなりません。足場が悪い中での25kgのダンボールの運搬作業ですから腰を痛める可能性がありますので、通称「ソロバン」を使用する予定で出来るだけ腰に負担をかけないようにしています。天候も今のところ問題なさそうです。多くの越冬オペレーションの中で私が担当する唯一のオペレーションですので、支援者の安全に充分配慮し行ないたいと思います。
 さて、ドーム隊の先発隊は本日も雪面が柔らかく走行に苦労したそうですが、何とか60㎞余りを走りぬきMD658地点に到着です。いよいよドームふじ基地まで75kmです。もしかしたら明日着いてしまうかもしれませんね。昭和基地を先月17日に出発してから22日余りで到着となりそうです。しかしながら確実に到着するまでは気を引き締めて前進あるのみです。

11月7日(月)

(天候:曇後時々雪・最大瞬間風速:5.7m/s・気温(最高:-8.5℃ 最低:-17.9℃)(日出2:31日入21:44))

 ドーム旅行隊でふじ基地を目指していた先発隊は今日も軟雪に苦労しましたが、56.9㎞を走破。残り19㎞地点(MD714)までたどり着いたそうです。このペースは予定より5日早く進んでいるらしいのですが、もうここまで来ると着いたのも同然!とにかく明日ドームふじ基地へ到着したという一報を待ちたいものです。予定では明日の正午頃らしいです。
 また、ノボラザレフスカヤ基地で天候待ちをしている47次ドーム隊は、今日も天候が悪く順延となりました。天候が回復すると約3時間余りでARP-2地点まで来ることが出来るそうですが、ブリザードでは無理は出来ません。
 そのためにこの47次ドーム隊を今か今かと待ち構えている航空支援隊は、滑走路傍のそりの移動(移動依頼があったそうです)とそれに伴いキャンプ地の移動を行なったそうです。こちらはいつ飛んできても大丈夫の体制は整えています。
 昭和基地も季節の変わり目を感じる日差し、気温になってきていますがドーム旅行隊先発隊のキャンプ地の気温は、マイナス59.9℃、気圧585hPaと厳しい環境です。ドーム旅行隊のメンバーは、この環境に慣れてしまっているのだろうと思いますが、怪我の無いように頑張ってください。としかいいようがありません。ごめんなさい・・・でもとっても応援しているのです。当たり前ですけど・・・
 さて、47次隊がやって来るまで残すところあと1月余り。本格的に受け入れ態勢がそれぞれで動き出ています。その中でもヘリコプターでの第1便でやってくる時に46次隊を挙げて歓迎をします。私達も45次隊に盛大な歓迎を受けたのを昨日の出来事のように鮮明に記憶しています。ヘリコプターから生まれて初めて見る昭和基地に感動し、なおかつ45次越冬隊の皆さんの熱烈な出迎え儀式?をしていただきダブルで感動させてもらいました。
 私たちも47次隊の皆さんをどのような方法で歓迎するのかをこれから、「歓迎委員会(仮称)」なるものを立ち上げて準備をしていくのです。私たちが感動させてもらった以上にインパクトのある歓迎方法をこの委員会の中で搾り出していかなければなりません・・・

昨年は、「ドラム缶和太鼓の乱れ打ち」で歓迎してくれましたの写真
(昨年は、「ドラム缶和太鼓の乱れ打ち」で歓迎してくれました)

11月8日(火)

(天候:雪後晴・最大瞬間風速:9.2m/s・気温(最高:-8.8℃ 最低:-17.2℃)(日出2:26日入21:49))

 今日は氷採取日和?で朝から絶好のコンディションに恵まれ、いよいよ公用氷採取オペレーションが始まりました。午前中はそりの用意、氷を入れるダンボールの用意などを行い午後からの出発に備えたのです。13時に支援してくれる6名と一緒に岩島(管理棟からは約1㎞ほど)のすぐそばにある氷山を目指して雪上車2台で出発です。ちょうどそこは岩島と氷山に囲まれており景観は最高ですし、私たちが到着したらアザラシ2頭が出迎えてくれたかのようにいたのです。その出迎えの歓迎?を受けながら氷山氷採取を始めたのです。

準備中ですの写真
削り落とし始めましたの写真
(準備中です)
(削り落とし始めました)

 まず、力自慢の隊員2名が氷山の中腹辺りをゾンデ棒で氷を削り取り始めました。その削り落とされた塊は、氷山の緩やかな傾斜を使ってゆっくりと落ちてきます。この落ちてきた塊をダンボールに詰込んでいくのです。しかし大きさがいろいろあるため、ピッケル、アイスハンマーを使いダンボールにうまく収まるように整形しながら決められた重量(25kg)になるように、体重計に表示される数字と格闘しながら詰め込んでいきます。暖かくなってきたとはいえマイナス10度を下回っていますので、動いている間はいいのですが、休憩のため10分程度動きを止めると肌寒く感じます。走行しているうちに午前中の目標数であった72箱を2時間程度で採り終え基地に向かい今度は、発電棟冷凍庫に格納です。重さが25kgですがソロバンを使用しているためスムーズにそりからダンボールが流れてきます。積み上げるのはさすがに重かったのですが、とりあえず本日の部は終了です。明日も引き続き行なう予定をしています。この分だと明日の午前中で残りの78箱、合計150箱を採り終えることが出来そうです。それが終わると個人用の氷一人小ダンボール4箱分と次隊の夏隊の分合計208箱を取る予定にしています。天候のいいうちに済ませてしまう計画となっています。これからいろいろと忙しくなってきますので一つ一つ完了させていかなければなりません。明日も一日仕事になりますが頑張ります。

氷山を削り落としますの写真
それをダンボールに詰めていきますの写真
(氷山を削り落とします)
(それをダンボールに詰めていきます)

 さて、ブリザードによってノボラザレフスカヤ基地で待機となっていた47次ドーム隊は、天候回復と同時に14時30分に離陸、18:20分に46次隊航空支援隊の待つARP-2地点に到着することが出来たそうです。さっそく、今後の行動計画の打合せを行い明日、いよいよ、ドームふじ基地へと向かうことになりました。先発隊は既に基地の立上げを行なっており47次隊が到着する頃には万全の体制で出迎えられることになるでしょう。こちらも3ヵ年計画の最終年の深層掘削が始まります。24時間3交代で掘りまくります。

11月9日(水)

(天候:曇後雪・最大瞬間風速:5.1m/s・気温(最高:-8.9℃ 最低:-17.0℃)(日出2:21日入21:55))

 今日も昨日に引き続き、公用氷採取オペレーションを行ないました。残り78箱を午前中で採り終え、公用分としての150箱は確保したのです。午後からは今度は個人で持帰る分の採取に取り掛かったのです。これは隊員一人当たり小ダンボール4箱と決められていますので、越冬隊員37名ですから148箱分です。それと47次夏隊の分(一人2箱)を取ることになっていますので、これが30名分で60箱。合計208箱を採取することになります。大きさが中ダンボールの一回り小型となっておりまた。重さも12~14kgと比較的扱いやすくなっていますので、採り始めると一気に進む勢いでしたが、雪が降ってきてダンボールがぬれてしまう恐れがありましたので、20箱だけを採取して今日のところはこれまでとしたのです。明日は好天となりそうとの予報ですから明日中に終了させようと思っています。とりあえず私用分残すところ188箱です。

ダンボール詰めされ、そりに積込まれましたの写真
(ダンボール詰めされ、そりに積込まれました)
休憩中に、南極氷山カキ氷を食べていますの写真その1
休憩中に、南極氷山カキ氷を食べていますの写真その2
(休憩中に、南極氷山カキ氷を食べています。)

 さて昨日、ようやく47次ドーム隊が合流しましたが、急激に高所に来て健康状態に変化が無いか等を調べるために健康診断が行なわれてそうです。日本で高所訓練(富士山登頂)を行なって健康状態も調査していますので特に問題は無いかと思いますが、これから現在のARP-2地点より高度に位置しているドームふじ基地で約2ヵ月半生活をしますので健康チェックは非常に重要になります。その後は移動で心身ともに疲れていますので、リフレッシュの意味で午前中を休養とし、午後からいよいよドームふじ基地へと向けて出発です。
予定では 日に到着する予定になっています。
 一足先にドームふじ基地に到着し、基地の立上げを行っている先発隊は、発電機の立上げ、掘削場などのコンパネ撤去、造水機での水造りを開始したそうで、着々と基地の立上げ作業を進めているそうです。
 基地の中の点検を行なった際に室温を見たら外気温とほとんど変わらないマイナス54℃になっていたそうで、その後ジェットヒーターで発電棟を暖めて、ようやくプラス14℃までに上昇したそうです。全ての立上げ作業はもう少しかかりそうです。

11月10日(木)

(天候:雪後晴・最大瞬間風速:5.7m/s・気温(最高:-11.1℃ 最低:-18.8℃)(日出2:15日入22:01))

 今日も昨日に引き続き氷採取を行ないました。午前中は曇でしたが、比較的風も弱く穏やかな天候の中、残り188箱を目指してスタートしました。各観測や除雪作業等と重なったために人数が6名と少なかったせいもあり、午前中は80箱で終了しやや目標には届かなかったために、再度午後からは9名に増員し作業を行ったのです。午後からは氷採取日和?らしく晴天(無風)となり、作業も思ったようにはかどり、15時までには100余りの採取が出来たのです。これで、公用、私用氷採取オペレーションが完了したのです。ご協力いただいた隊員の皆さま、お疲れ様でした。これで46次隊の一つのオペレーションが終了したのです。46次隊として残されたオペレーションがあとわずかとなってきています。

採取現場に向かいますの写真
一つ一つ丁寧に詰めていきますの写真
(採取現場に向かいます)
(一つ一つ丁寧に詰めていきます)
最後は全員で、お疲れ様でしたの写真
冷凍庫は氷で満杯になりましたの写真
(最後は全員で、お疲れ様でした)
(冷凍庫は氷で満杯になりました)

 日本では明日、文部科学省が主催する47次隊としらせ乗員の「壮行会」が開催されます。
 ちょうど1年前、この壮行会に出席して間近に防衛庁長官等、普段TVでしか見たことのない方々と会ったり、話もさせてもらったりと非常に緊張したこと、そして日本南極地域観測隊の一員として出発するんだということを改めて感じていたことを昨日のことのように思い出します。それから早1年が経過しようとしています。初めての地「南極」に1年4ヶ月余り生活するということで、様々な期待と不安でこの昭和基地へと来てから、本当に1年間が過ぎ去ろうとしています。この1年間、自分は1年前の抱いていた気持ち、想い、使命感、全てにおいて悔いなく一生懸命やってきたのだろうか・・・と振り返ってみるとそんな想いもありますが、自分なりにこの昭和基地で頑張ってきたのかなぁ~と思っています。これから2月1日に越冬交代するまでの残り2ヶ月余りと残り僅か、楽しく、有意義にそして自分の中にしっかり記憶に刻み込んでいきたいと思っています。

11月11日(金)

(天候:快晴・最大瞬間風速:10.4m/s・気温(最高:-12.5℃ 最低:-19.7℃)(日出2:09日入22:08))

 今日は、ホブデ湾に設置してある海底湧出量計の回収及び設置作業の支援の一員として行ってきました。この海底湧出量計の設置オペレーションもあと1~2回と最終段階に入ったところです。今回の回収ポイントの水深は約600m。この湧出量計の設置の段階で面白い実験も行なわれていました。これだけの深いところでどれほどの水圧がかかるかということでカップ麺のカップを大きな袋に入れ一緒に沈めて実験をしてみたらしく、今回の回収で袋から出してみるとなんと元の大きさの3分の1程度まで小さくなっていました。それじゃ、もっと深いところではもっと小さくなるらしいです。数千mの水深だといったいどれくらい小さくなるのでしょうね?これも一つの実験。実際にやってみて結果をこの目で確認してみることが大切なんです。

こんなに小さくなりますの写真
ラングホブデ氷河です。私が映っていますが・・・の写真
(こんなに小さくなります。)
(ラングホブデ氷河です。私が映っていますが・・・)

 日の出と日の入りの間隔が白夜に向けてどんどん短くなっています。見た目には真っ暗にはならず薄暗い時間が数時間ほどですぐ日の出となってしまいます。11月中旬より翌年の1月中旬までの約2ヶ月間は太陽が沈まない白夜になります。去年の12月18日に昭和基地に着いたときは既に白夜の真っ只中で、これが白夜なのかぁ~と写真を撮ったりで感動をしていましたが、1年を経過して改めて白夜を迎えることになって多少は感動が薄れましたが、これが最後と思うとまた違ったものを感じることが出来るのではと思います。
 その白夜が近づくということは、47次隊が来る日も近づいているということで、このための受入れ準備である除雪作業が盛んに行われています。
 第1居住棟と第2居住棟の間にある巨大なドリフトを取り除く作業では、機械隊員がユンボで切り崩し、支援隊員の運転するクローラーに積込み作業工作棟下に運ぶ作業が延々行なわれています。また、Aへリポート(空輸で使う重要な場所)もブルドーザーで除雪が行なわれています。この周辺が終わると基地周辺の道路の確保のための除雪も行なわなければなりません。除雪作業はまだまだ続きます。

除雪、真っ只中の写真その1
除雪、真っ只中の写真その2
(除雪、真っ只中です)

11月12日(土)

(天候:曇時々晴・最大瞬間風速:5.1m/s・気温(最高:-13.0℃ 最低:-23.6℃)(日出2:03日入22:14))

 休日日課の今日は、風も無く穏やかな天候となり、予定されていたスポーツ大会(ソフトボール)が、16名の参加で北の浦海氷上の特設スタジアム?で行なわれました。先月、先々月のスポーツ大会は天候が悪かったため中止となっていましたので、久しぶりに野外でスポーツを行なったわけです。海氷上ではありますが、雪が積もって多少硬く締まっており、まずまずのコンディションです。試合結果は18対5と一方的な試合となりましたが楽しい時間を過ごすことができました。今回のスポーツ大会にソフトボールを行なった理由が実はあるのです。それは、毎年、越冬隊と次隊がレクリエーションとしてソフトボールを行ってきている歴史があり(いつからかは解りません)、今までは越冬隊がなぜか勝利しているのです。昨年も私達46次隊と45次越冬隊とで恒例の勝負をしたのですが、見事に45次隊が勝利。そのときの45次隊のコメントとが「負けなくて良かったぁ~。今まで越冬隊が負けたことが無くこれで面目が保てたぁ~」ということでしたので、私たちもこの歴史を変えるわけにはいきませんので、練習を兼ねて感覚を取り戻すために今回行なったわけなのです。実際に試合を行なうのは1月中旬なので、それまでは時間を見つけ特訓を行い準備万端にして望みたいと思います。さて結果は如何に・・・

海氷上特設スタジアムです。バックには氷山が・・・の写真
昭和基地をバックにの写真
(海氷上特設スタジアムです。バックには氷山が・・・)
(昭和基地をバックに)

11月13日(日)

(天候:曇一時雪後時々晴・最大瞬間風速:6.4m/s・気温(最高:-7.4℃ 最低:-18.6℃)(日出1:56日入22:21))

 今日は、ペンギンセンサス(個体数調査)を行ないました。これは毎年行なわれている調査で昭和基地の近くにある「弁天島」「まめ島」「オングルカルベン」の3つの島でアデリ-ペンギンの数と巣を数えるのです。その他の島でも行なわれるのですが、今日はこの3つの島で調査を行なったのです。この調査は是非、参加してみたいと思っていましたので期待を膨らませて最初の「弁天島」へと向かいました。ここは30匹程度の集団でそれぞれのペンギンがペアとなり巣作りがある程度終わり、後は卵を産むだけのようでした。その巣というのはオス、メスそれぞれがちょうどいい大きさの小石を一つ一つくちばしでくわえては運こびまたくわえては運ぶという作業を繰り返し、卵がちょうど入る大きさに並べて巣を作るのです。

弁天島のペンギン。せっせと巣作りをしていますの写真その1
弁天島のペンギン。せっせと巣作りをしていますの写真その2
(弁天島のペンギン。せっせと巣作りをしています)

 約30匹くらいでしたので、これくらいの数ですと数えやすかったのですが、次に調査に向かった「まめ島」では見るからに多くの集団とわかるくらいのものでした。これを7名の隊員がそれぞれ3回数取りカウンターを持って一匹一匹数えます。ペンギンは動き回りますので数えるのには一苦労です。約170~180匹ほどの集団でしたがかなり時間を要していました。最後は今回調査する中で一番大きい島でペンギンの数も多い「オングルカルベン」です。ここには3つの場所にそれぞれ集団を作っています。最初のところは250~300匹程度、次は170~180匹、最後は38匹となっていました。
 繁殖期で一斉に巣作りをはじめますから、小石の争奪戦もあちらこちらであったに違いありません。その前に巣の場所の確保の争奪も多分あちらこちらであったと思われます。これだけの数が集まっていると生存競争も激しく、これから卵を産み新しい生命が誕生する横で何らかの理由で死んだと思われるペンギンの死骸があちらこちらに。また卵や子どもを狙ってトウゾクカモメが集まってくるらしく、既に数匹は確認できました。自然界のサイクル、掟なんでしょうが少し残酷な気もします。
 初めてこれだけの多くのペンギンの集団を見て、そして個体数調査を経験して、基地の前の海氷上をヨチヨチと走り回っている可愛らしいペンギンとはまた違ったものに見えたのは私だけでしょうか。

まめ島の集団の写真
オングルカルベンの集団の写真
(まめ島の集団です)
(オングルカルベンの集団です)

 さて、ドームふじ先発隊は昨日に引き続き基地の中を暖めています。水作りも継続中、2号発電機の立上げ準備も行ったそうです。もう少しで基地の中での生活が出来そうです。ちなみに先発隊は基地の立上げが出来るまでは雪上車の中でまだ生活をしています。基地を目の前にしながらもどかしいでしょうが頑張ってください。また47次ドーム隊を乗せた後発隊も順調に基地へと向かって進んでいるそうです。

11月14日(月)

(天候:薄曇後時々晴・最大瞬間風速:16.6m/s・気温(最高:-2.5℃ 最低:-16.1℃)(日出1:50日入22:29))

 本日(日本時間で正午)「しらせ」が多くの皆さんに見送られて晴海埠頭を無事出港し、14,000㎞離れたここ昭和基地へと向かったのです。47次隊は今月28日に成田空港から空路、オーストラリアのフリーマントル港へと行きそこでしらせと合流、乗船するのです。ちょうど(もう?)1年前に同じように晴海埠頭でしらせを見送ったことがつい先日のような気がします。しらせが出港して次は自分たちがいよいよ出発するんだという気持ちになったことも思い出されます。47次隊の皆さんも、そんな気持ちになっているんでしょうね。それから早、1年。あっという間です。平穏無事な航海であることをお祈りしています。

晴海埠頭を出港した「しらせ」の写真
(晴海埠頭を出港した「しらせ」です)

 今日の昭和基地は朝から好天になり、それに伴い気温がぐんぐん上昇し、遂に15時33分にマイナス2.5℃を記録しました。風もほとんど無い状態でしたのでTシャツで外にいても全く問題ないくらいの暖かさになったのです。直射があたっているところの温度計は軒並みプラス気温だったそうで、日々暖かくなっていくのが実感できます。
  その暖気に伴い、雪解けも進んでいくのですが海氷も当然解けていきます。シャーベット状になりさらに水溜り状態の「パドル」へと変化していきます。特にシャーベット状に変化したところは雪上車から発見しづらく、過去にも雪上車がはまってしまった事故もおきています。まだ雪上車を使っての作業がまだまだありますので、このようなところを雪上車が通過する際には充分に気をつけなければと思います。もしもはまってしまったらを想定しての訓練(対処方法、救出方法)も近々開催されることになっています。

11月15日(火)

(天候:晴一時雪・最大瞬間風速:18.1m/s・気温(最高:-3.4℃ 最低:-12.0℃)(日出1:43日入22:36))

  今日も日差しが強く暖かな一日となりました。そんな中、基地周辺では除雪作業が引き続き行われています。私も、クローラーダンプの運転をし除雪作業の支援を行ないました。
  機械隊員がユンボで130kl水槽の回りに積もった雪を崩しながらクローラーダンプに積込みます。この130kl水槽の周りにはドリフトがつきやすく一番高いところでは3m近くにもなっています。この周辺の除雪だけでもかなりの日数が必要とされますので機械隊員だけでは手が足りませんので、手空き作業で隊員が交代でクローラーの運転を行ないます。クローラーに満載に積込まれた雪を作業工作棟横に運搬するのですがクローラーダンプの走行スピードが遅いために時間多少はかかりますが、ゆっくり安全にそして確実に行なうのです。47次隊が来る直前までこの除雪作業は続く見込みです。

ユンボの写真
クローラーダンプの写真

 また、12日からペンギン個体調査、ルート工作に出かけていた越冬隊長他3名が、無事3泊4日の日程を終え、無事夕方帰着しました。
  調査を行なったのは「ネッケルホルマネ諸島」「イットレホブデホルメン」「袋浦」「水くぐり浦」「ルンパ」「シガーレン」「鳥の巣湾」等、毎年継続して調査を行なっているところです。最大のルッカリ(集団営巣地)はルンパにあり、昨年は2,821羽確認されているそうですが、今年は写真読み取りをこれから行なうとのことですが、私たちが先日調査に訪れて数えてきたところとは桁が違い、全てをカウンターで数えることは不可能に近いため、写真での読み取りを行なうそうです。今回の調査では現在の生息数を調査しましたが、12月に予定している調査では巣を作って卵を抱いているペアの数を数えることになっています。
  個人的な話題になりますが、今日は、私の44回目の誕生日です。南極、昭和基地で迎える誕生日。感慨深い物があります。44回目ともなるとそれほど嬉しくも無いのですが、今回は、一生、記憶に残る誕生日となるでしょう。36名の仲間達と迎えることの出来た誕生日。44回目は私にとって宝物となるに違いありません。
  さて、ドーム隊はといいますと、ドームふじ基地の排水設備の立上げが完了しトイレ、風呂が使用可能になったそうです。これでようやく基地の中で生活が出来るようになり食料、私物等の荷物の搬入を始めたそうです。
  また、47次ドーム隊を乗せた航空支援隊はドームふじ基地を目指しなんと72㎞進んだようです。明日も70㎞進む予定で17日には基地に到着する予定です。頑張れぇ~

係留気球の写真
(係留気球もあと数回で見納めです)

11月16日(水)

(天候:晴後一時曇・最大瞬間風速:18.1m/s・気温(最高:-6.0℃ 最低:-12.1℃)(日出1:36日入22:44))

 今日も初夏?らしい強い日差しの中、基地周辺では今日も盛んに除雪作業が行なわれていました。130kl水槽の周辺、作業工作棟周辺、管理棟周辺、東部地区幹線道路と機械隊員がブルドーザー、ユンボをフル活動させながら行なっていました。私も、昨日に引き続きクローラークレーンを使い雪の運搬を行なったのです。
また、海底湧出量計の回収、設置作業も地学隊員ほか3名でホブデ湾付近での作業を行っていました。この海底湧出量計の設置も残すところあと数回となったのです。

海底湧出量計設置もあと僅かですの写真
(海底湧出量計設置もあと僅かです)

 さて、ドームふじ基地はといいますと昨日に引き続き基地の立上げ作業を行なったそうですが、航空支援隊の到着が明日の16時頃の予定となっているそうなので、ふじ基地も受入れ準備も急ピッチで進められていることでしょう。明日の夕方には46次47次のドーム隊、全てが勢ぞろいをすることになっています。それからは本格的な掘削が始まるのです。

11月17日(木)

(天候:快晴・最大瞬間風速:16.4m/s・気温(最高:-5.4℃ 最低:-12.0℃)(日出1:28日入22:53))

 本日16時5分、47次ドーム隊を乗せた航空支援隊が遂にドームふじ基地に到着しました。これで46次(7名)、47次(7名)のドーム隊が勢ぞろいです。
 このドームふじ基地で行なわれる氷床深層掘削の目的は何かといいますと「過去100万年以上に遡るコアを採取し、第四紀氷河時代の気候と環境変動の実態、特に10万年周期の氷期サイクルの発現機構、太陽活動/地球磁場/地球環境の関係などを明らかにする。」ということが目的だそうです。掘り出されたコアの中にその時代に何が起きたのかという証拠がたくさん閉じ込められており、それを分析することによって太古の昔を探るという何かとてもロマンを感じますね。今後、掘削作業を24時間3交代体制で1月下旬まで続けられることになっています。

11月18日(金)

(天候:曇時々晴・最大瞬間風速:15.8m/s・気温(最高:-3.7℃ 最低:-10.9℃)(日出1:19日入23:03))

 ドームふじ基地にドーム旅行隊(46次7名、47次7名)が到着しましたので、ドームふじ基地について詳細を記載してみます。
【気象】
 昭和基地の約1,000㎞南に位置し、南極にある各国の基地の中で最も標高の高い場所に位置(南緯77°19’01”東経39°42’12”標高3,810m)し、年間現地気圧は598.4hPa、年平均気温-54.3℃(年最高気温-18.6℃、年最低気温-79.7℃)、1年を通じて1/3以上が快晴で雪日数は年間300日弱と多いがほとんどがダイヤモンドダストによるもので、いわゆる降雪はブリザードによるものも含めて年間30日間程度である。また、高緯度に位置しているため、極夜・極昼の期間が長く4月末~8月中旬まで太陽の出ない時期が続く。
 ドームふじ基地の名称は、氷床の断面形が内陸に行くほど傾斜が緩やかな放物線を描きドーム状になっていることと、氷床頂上の標高が富士山(3,776m)の標高にちかいことに由来している。
【施設】
 ドームふじ基地には、地上に発電棟を始めとする7棟の建物の他に通信用アンテナ施設、観測設備として気象観測装置、雪氷観測装置が設置されており、また、雪面下には建物2棟の他に氷床深層掘削用トレンチ、深層コアの保管や測定、処理のための雪洞が設置されている。
 建物9棟の総床面積は298平方メートル、建物をつなぐ通路(108平方メートル)でつながれている。建物の構造は冷凍庫パネルを改造(0.6mmの鋼板の内部は断熱材のみ)したもので作られている。

 このように、非常に厳しい環境の中で作業を24時間3交代で掘削作業を行うのです。頑張れ~ドーム隊!!
 さて、基地周りの除雪が連日行われており、ずいぶん茶色が目立ち始め、岩盤もあちらこちらで見え始めてきました。日中の気温が上昇していますので、茶色く地面、岩盤が見え始めると一気に融雪のスピードが増していきます。

積込み、捨てます。排雪の基本ですの写真その1
積込み、捨てます。排雪の基本ですの写真その2
(積込み、捨てます。排雪の基本です)

 ちょうど1年前に私たちがこの南極昭和基地に降り立ってあまりにも茶色一色譚で驚いた景色に近づいてきました。47次隊もヘリコプターから昭和基地上空から見える基地周辺、また降り立って見渡して見た時に、余りにも予想と異なる昭和基地に驚くことでしょう。その様な景観に戻りつつある最近です。

昨年、しらせヘリコプターから見た昭和基地周辺ですの写真
(昨年、しらせヘリコプターから見た昭和基地周辺です)

11月19日(土)

(天候:曇時々晴・最大瞬間風速:16.0m/s・気温(最高:-2.6℃ 最低:-8.5℃)(日出1:19日入23:03))

 今日の13時からレスキュー訓練(タイドクラック上の雪上車の通過の方法)が行なわれたのです。これからは気温が上昇して海氷も解け出してきます。それによって陸地と海の境目には大きなタイドクラックが発生します。また海氷も動き出しますので海氷上にもクラックが出来てきます。このクラック上を本来であれば安全上、通過しないのが一番の方法ですが、やむを得ずわたらなければならないことが起こります。そんな時はまず、クラックの幅が一番短く安全に渡れる場所を見つけます。次に渡し板を雪上車のキャタピラの幅でセットしその上を通過させる方法です。特別な方法というよりは当たり前です。その渡し板のセットの方法、雪上車の通過の仕方など基本的なことですが、その基本が一番重要です一番安全な方法になるのです。全ては「基本」です。

渡し板の上を慎重に渡りますの写真
(渡し板の上を慎重に渡ります)
実際に人工クラックを渡ってみますの写真その1
実際に人工クラックを渡ってみますの写真その2
(実際に人工クラックを渡ってみます)

 今日は、恒例の居酒屋、寿司屋の営業でした。担当隊員が自慢の料理を2日ほど前から仕込みを行なっており、準備万端といったところ。その中でも北海道出身の隊員が一生懸命に作ってくれた「芋ダンゴ」。私が子供の頃よく食べた記憶があり、今回作られたものはまさに「芋ダンゴ」の味でした。モチモチとした食感、醤油のたれの味、とても美味しかったです。他の隊員も絶賛していた芋ダンゴでした。また、私は2回目の寿司屋店員として寿司を握ったわけですが、シャリの大きさ、握る強さなどコツを思い出しながらでしたが無難に出来たというところでしょうか。ネタも全てが冷凍品で既に1年を経過しているものばかりですが、それなりの見栄え、味も保っていましたので、贅沢を言ったらきりがありませが、隊員の皆さんは美味しそうに食べていました。
 残すところ後1回のイベントとなりましたが、今度は私が居酒屋で料理を作る順番です。何を作ろうかというよりは、ほとんど料理ができない私にとって悩みの種になっています。

美味しい「いもダンゴ」を作ってくれた隊員ですの写真
ミニチュアのお寿司も作りましたの写真
(美味しい「いもダンゴ」を作ってくれた隊員です)
(ミニチュアのお寿司も作りました)

11月20日(日)

(天候:曇一時晴・最大瞬間風速:17.1m/s・気温(最高:-3.4℃ 最低:-7.4℃)(日出1:10日入23:14))

 休日日課の今日は、朝から野外研修に8名が参加しラングホブデ方面に出発して行きました。目的地は長頭山(標高約380m)の登頂です。登頂の途中、数名の隊員が足をひきつりながら?約2時間、午前10時21分に無事山頂に到達したそうです。山頂から見渡した景色は最高だったとのことです。

長頭山を目指して進みますが、まだまだ遠いですの写真
(長頭山を目指して進みますが、まだまだ遠いです)

 また、とっつき岬に電磁探査機機材の設置、プロトン磁力計設置などで5名が出発、夕方無事に設置完了し帰着しました。
 また、今月15日にラングホブデ方面のペンギンセンサス隊がルンパで偶然にも発見したウエッデルアザラシの幼獣の死骸(ほぼ完全なもの)を回収に出かけました。これは貴重な研究分析用として日本に持帰ることで環境省に現在紹介中で、しばし冷凍保存をしています。
 それから、昨日に引き続き雪上車レスキュー訓練の2回目が実施されました。参加者は19日の第1回目にほとんどが参加したためわずか3名の受講となりましたが(私も参加者の一人でした)、雪上車のクラックの渡り方を実際に雪上車を運転し、実践感覚を味わいながら訓練を行ったのです。SM40系、50系と大きさの異なる雪上車それぞれでの渡し板の上を渡ったり、その雪上車を誘導したり貴重な訓練を体験できました。実は、日本で同じような訓練を新潟県で行ってきましたがその時は夏でしたので砂浜を使用しての訓練でしたが、やはり実際の雪上とでは異なります。約2時間、マンツーマンでの訓練は非常に参考になりました。

今回も実際に人口クラックを渡ってみますの写真その1
今回も実際に人口クラックを渡ってみますの写真その2
(今回も実際に人口クラックを渡ってみます)

 さて、ドームふじ基地の様子はといいますと、インマルサット衛星を使用しメールの送受信が可能になるような準備、本格的な掘削準備と大忙しだったそうです。

11月21日(月)

(天候:晴・最大瞬間風速:13.9m/s・気温(最高:-0.9℃ 最低:-6.1℃)(日出0:46日入23:48))

 今日でいよいよ日の入りが最後。明日からは太陽が沈まない「白夜」になります。これから1月中旬までこの白夜が続き夜を迎えません。白夜が終わる頃に私たち46次隊は昨年12月18日に到着以来、1年間2ヶ月、そして2年間の越冬の任務を終了し昭和基地を後に帰路のしらせに乗り込むのです。
 そんな最近の昭和基地は、47次隊の受け入れ体制の除雪や持帰り物品の梱包、そして私物の整理が徐々に各隊員の部屋で始まっています。また気温がどんどん上昇してきていますので、茶色の部分が出始めるとあっという間に解けていくのですが意外に積雪量が多くまだまだ白い部分が多く残っています。
 また、久しぶりに係留気球でのエアロゾル観測が行われていました。この観測もしらせが来て空輸のためヘリコプターが飛び始めるまでとなっています。あと何回できるでしょうか・・・

係留気球もあと数回で見納めですの写真
(係留気球もあと数回で見納めです)

11月22日(火)

(天候:曇時々雪・最大瞬間風速:8.8m/s・気温(最高:-3.9℃ 最低:-8.8℃)(日出0:46日入23:48))

 今日から月末恒例の各部会が開催されます。この部会も数えること11回目。残すところあと2回。いよいよ終盤といったところです。
 まず今日は、観測部会が開催されました。10月までは野外活動が活発に開催されていましたが、11月に入りほぼ冬の期間(越冬期間)の野外での観測が一区切りといったところです。これから夏期間の特に地学部門が47次夏隊と合同で野外観測、調査等を行なうことになります。
 その他にも日独共同観測などが計画されています。しかし、昭和基地での気象、電離層をはじめとする定常観測は、1月末の越冬交代直前まで続きます。この定常観測は、同じ観測を1次隊以降続けているものが多く、これまでの長年の観測データーを分析して様々なことが解明されてきていますので、南極観測事業の中でも非常に重要な観測の一つとなっています。
 しかし、まだ観測開始から50年足らずですのでデーター蓄積としては多いほうではありませんが、過去にはオゾンホールの発見など世界的な地球規模環境変化の発見など精度の高い観測を行っているのです。
 この定常観測は(電離層、気象等)一見地味なようにも思われがちですが、決してそんなことはありません。同じ条件方法で長期間データーをとり続けることがいかに重要かがよくわかります。
 地球温暖化で南極の氷が解けたらどうなりますか?という質問がよくTV会議の中で質問されますが、たった50年足らずの観測でどうだということはわからないそうですが、確かに地球全体の平均気温は以前よりは確実に上昇していますが、ここ昭和基地ではそれほどの変化が見られなということです。現在はスーパーコンピューター等で様々な予測が行なわれていますが、ここ南極では100年前と今現在は何ら変わりなく、とても厳しい環境や気候、そしてアザラシ、ペンギンなどすばらしい自然に囲まれたところには変わりはないのです。そして、これからもこの素晴らしさが変わらないように地球環境を守っていかなければなりません。そのために南極観測隊が必要になってくるのです。

「ブリザード」も今も昔も変わりませんの写真
「カタバ風」も今も昔も変わりませんの写真
(「ブリザード」も「カタバ風」も今も昔も変わりません)
今も昔もオーロラは綺麗ですの写真
(今も昔もオーロラは綺麗です)

11月23日(水)

(天候:曇時々雪・最大瞬間風速:9.3m/s・気温(最高:-4.2℃ 最低:-9.0℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 今日は久しぶりにTV会議が行なわれました。今回は東京の学士会館に集まった主に小学校低学年の子ども達と中継でした。35分間という短い時間の中でいつものように外気温や管理棟周辺を影像で紹介。寒暖計を外に置いて気温を見てもらうようになっているのですが、ここ最近、本当に暖かくなってきており、今日の午前9時少し前でもマイナス4℃程度にしかなっていなく、寒いイメージを持っている子供達は少しがっかりしたのではないでしょうか。
 また、質問の中に「外で筆記用具は凍らないの?」という質問がありましたが、この程度の気温でボールペンは全く問題なくすらすらと書けてしまいますので、質問した子供は少し拍子抜け。確かにマイナス30℃を越える温度ではボールペンのインク自体が凍ってしまい、書きにくくなったり、書けなくなったりしますので、8月の一番寒い時期であったなら期待通りの結果になったのですが・・・でも、基地から見えた雪上車、凍結した海、大きな氷山。どれも日本では見ることが出来ないものばかりを実際に見ることが出来てとても感動、感激していた雰囲気が伝わってきていました。やはり、「百聞は一見にしかず」で、影像の力は凄いものです。今日の中継はほんのわずかの時間でしたが、子供たちの記憶に残って、将来これをきっかけに南極観測隊員の一員としてこの昭和基地に来てほしいものです。南極の素晴らしさは来て見て感じてみないとわからないのです。

11月24日(木)

(天候:曇・最大瞬間風速:8.4m/s・気温(最高:-3.1℃ 最低:-7.4℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 ドームふじ基地での目的である深層掘削を、23日より開始しました。今シーズン最初の記念すべきコアは15cm程度ですが、深さはなんと約1,850mのところにあるコアです。これは昨シーズン最後に掘り終えたコアの最後の部分と、今回掘削した表面が見事に一致しており、ホッと一安心といったところでしょう。今後は本格的に掘削を行なう予定になっており、最初は2交代で様子を見ながら早い時期に3交代制で24時間連続掘削に移行していくとのことです。最終的には3,000m以上の氷床を掘りぬく計画になっています。最後まで頑張りぬき、掘って掘って掘りまくり頑張ってくれるものと信じています。

記念すべき最初の「コア」ですの写真その1
記念すべき最初の「コア」ですの写真その2
(記念すべき最初の「コア」です。)

 また、今日の昭和基地では11月生まれ(4名)の誕生会が盛大に開催されていました。その一人に私も含まれていましたが、自分が誕生日を迎える主人公になると、意外と照れまくりで企画するほうが私の性分にあっているのでしょうか・・・一生に1度、この44歳の記念すべきこの日を南極昭和基地で迎えようとは・・・

11月25日(金)

(天候:曇・最大瞬間風速:8.7m/s・気温(最高:-4.1℃ 最低:-8.0℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 本当に11月に入り、気温がどんどん上昇してきました。この1週間の平均気温はマイナス4.7℃、最高気温はマイナス0.9℃、最低気温でもマイナス9℃と本当に一気に暖かくなってきています。そんな中、47次隊の受け入れ準備作業が着々と進んでいます。除雪も進み、土がようやく顔を出して来ましたので、そこから一気に解け始めており、かなりの範囲が茶色く染まり始めてきています。
 もう一つ47次隊がこの昭和基地に来た時に歓迎をする様々な催し物を企画する「歓迎委員会」が設置されました。これは私たちもAへリポートにしらせヘリコプターで降りたときに大歓迎を受けました。ドラム缶太鼓による歓迎乱れ打ち?歓迎看板には大きな文字で「まってたぜ!」初めて上空から見る昭和基地に感動し、初めて南極の地に足を下ろしたことだけでも感激していましたが、それにもまして45次隊の歓迎セレモニーでより一層の感動を味わうことが出来たことを昨日のことのように思い出します。越冬隊として次隊を大歓迎することが慣例となっているというより約10ヶ月ぶりに出会う私たち越冬隊以外の「人」との再会に自然と歓迎を表現してしまうのではと思います。

昨年の歓迎模様の写真
(昨年の歓迎模様です。さて今年はどんな・・・)

 昨年の歓迎行事を思い出しながら、今年の企画を11名の歓迎委員で企画立案するのです。大体の案がまとまりましたが、歓迎員会だけが盛り上がっても意味がありませんので、「全員参加型」での歓迎をすることを基本とすることも確認されました。いずれにしても、昭和基地では着々と準備を整えて47次隊が来るのを待っているのです。

11月26日(土)

(天候:曇一時雪後一時晴・最大瞬間風速:8.3m/s・気温(最高:-4.6℃ 最低:-10.4℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 休日日課の今朝7時30分に突然、火災警報がけたたましく鳴りました。一瞬、何のこと?数秒間は呆然としていましたが、とにかく訓練ではないことだけは確かなので、一目散に通信室(本部)に向かいました。その途中で、全館放送にて「エアロゾル小屋からの発報。」との放送がありましたので、各隊員は消火器を持って走るもの、防火服を着ているもの、それぞれ消火体制で割り当てられている部門で行なう体制で現場に向かおうとしていました。と、そのとき再度全館放送にて「ただ今の火報は誤報。作業中に誤って火報に接触したためになったもので、誤報です。」という放送が鳴りました。ほっと胸をなでおろしましたが、エアロゾル小屋は管理棟から約500mほど離れているところに位置しており、周りには建物がないところですが、ヘリウムガスボンベなど危険物がありますので、もしも本物だったらと考えるとぞっとします。とにかく誤報で一安心。残り2ヶ月余りとわずかとなっていますが、火災、その他の事故には充分注意して行きたいものです。過去には越冬終了間際に大きな事故が起きている統計もあるそうです。これから空輸、氷上輸送が控えていますので、再度気を引き締めていきたいと思っています。終わりよければ全てよし。です!!でも、休日日課だったので、もう少し寝ていたかったんですけどね・・・

出来れば使いたくはありません(消火用散水栓)の写真
(出来れば使いたくはありません)

 奇遇というのでしょうか、ドームふじ基地でも、昨日、火災報知機の発報があったそうです。原因は、夕食の準備中にハンバーグをフライパンで焼いて、煙が思ったより多く出たため、その煙を感知して火報が鳴ったということらしいです。ドームふじ基地は、全て雪面下にありますので、一旦、煙が充満し出すとその煙を逃がす場所がないのです。この手の発報は毎年数回、起こるらしいです。ちょうどドームふじ基地でもこれから火報のチェックを行なう予定だったらしく、この手間が省けたらしいです。ドームふじ基地は、雪面下にある基地のため火災には細心の注意を払わなければなりません。

11月27日(日)

(天候:曇一時雪後一時晴・最大瞬間風速:7.8m/s・気温(最高:-3.4℃ 最低:-9.9℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 今日の休日日課は、当直業務で明け暮れました。この当直もあと残すところ1~2回で終わりです。2月の越冬交代後、ほぼ月1回のローテーションで行なってきました。越冬隊長、調理部門(2名)を除く34名の隊員が、ほぼ同じ回数になるように毎月調整をしながら行なってきたのです。ドーム隊(7名)が昭和基地を出発し、実質27名。先月から数人が1ヶ月に2回まわってくることにもなりましたが、私たちの生活空間ですし、私たち以外に掃除を当然ながら代わりをしてくれる人もいません。そこで当初の当直業務を多少見直し、出来るだけ負担を軽くしようと、掃除場所を1日置にするなどして工夫をしながら行なってきました。そんな当直業務ものこりわずか。掃除をしている場所それぞれでの思い出を思い返しながら、当直業務をおこなった1日となったのでした。
 さて、昭和基地の新聞「DAILY46464」が300号を発刊しました。この新聞、ドーム隊が出発してから新聞記者が大幅に減り、一時は新聞発行が・・・というより新聞の廃刊も?何てこともささやかれた?ともいわれましたが、急遽、新聞記者を(強行?)募集し、一日も休むことなく継続して発刊し続けてきた「DAILY46464」が、とうとう300号を迎えたわけです。新聞記者として担当する隊員は自分の発行する順番まで約1週間、ネタを探します。本務の時間の合間を見つけては取材をします。ほとんどの記者が前日に取材日と称してその日の出来事をかき集めます。中には自分なりにネタを溜め込んで上手に小出しにしながら記事の割付をする記者もおり、感心させられます。記事の内容もそれぞれの記者がそれぞれの角度で捉えた素晴らしい記事ばかりです。これらのとても貴重な記事が詰まっているDAILY46464も、残すところ65回の発行となりました。
 また、漁協係の出漁も本日で最後となりました。これからどんどん暖かくなり海氷の状態が悪くなって来ますので、安全のためにということです。今までの釣りではショウワギスを中心にかなりの数を釣り上げ、一部は研究用のサンプルとして、残りは私たちの貴重な食料として重宝されました。そんな釣りも最後となり、一つ一つの行事が終了していく今日この頃です。

記念すべき「300号」の写真
(記念すべき「300号」です)
最後の漁協出漁でしたの写真その1
最後の漁協出漁でしたの写真その2
(最後の漁協出漁でした)

11月28日(月)

(天候:曇・最大瞬間風速:11.7m/s・気温(最高:1.0℃ 最低:-6.3℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 ついにプラス気温を記録しました。18時45分に本日の最高気温プラス1.0℃となったのです。
 ここ最近の1日の最高気温がマイナス5℃以下で推移しており、プラス気温になるのも時間の問題と思っていましたが、14時過ぎに全館放送で「気温がプラスを記録」との放送が入り遂にきたかぁ~なんて思った隊員は多かったのでは?と思います。
 そんな今日、47次隊が成田空港を無事に出発したそうです。あと20日足らずでこの南極昭和基地で私たちと遭遇です。私たちは2月中旬にしらせが帰ってから約10ヶ月、隊員以外の人と会っていません。直接会って握手したりするわけですが何かすこし照れくさいようなそんな感じがしそうです。

成田空港を出発する47次隊の写真
(成田空港を出発する47次隊です)

11月29日(火)

(天候:曇後時々晴・最大瞬間風速:17.4m/s・気温(最高:2.9℃ 最低:-2.6℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 今日は少し風が強く雲が多少あったのですが、その雲も次第になくなり、太陽が照り始め、気温が上昇。16時すぎに2.9℃を記録しました。昨日、今日と最高気温がプラスで一層雪解けが進んでおり、そろそろ、稚内市と気温が逆転しそうな時期となってきています。管理棟の中も気温がどんどん上昇し暑いくらいです。特に庶務室は一番日差しの強い時間帯に太陽光が燦々というより灼熱の太陽光が入ってくる位置に窓が2つ付いていますので、みるみるうちに室温が上昇し、今日も室温が27度を軽く越えています。もう少し外気温が上がると30℃を越えますので、ある意味では常夏を感じることが出来る庶務室になるのです。エアコンは当然ありませんので、庶務室の入口に扇風機を置いて風を送り込んでいるのですが、ほとんど焼け石に水状態です。また、大型プリンター2台、昭和基地のサーバー、パソコン多数とOA機器がずらりと入っているのも温度が上昇する原因の一つです。また窓も開きませんので、どうしようもないのです。私は暑さ対策として足元に氷をビニール袋に入れて冷やしながら仕事をしていますが、ちょっとした工夫ですがこれがまた非常に冷たくて気持ちがいいのです。この暑さ対策をしなければならない庶務室は、これからもっともっと暑くなるのです。

庶務室の窓、ここから灼熱の太陽が・・・の写真
厚さの根源のOA機器類No1の写真
(庶務室の窓、ここから灼熱の太陽が・・・)
(厚さの根源のOA機器類No1)
厚さの根源のOA機器類No2の写真
(厚さの根源のOA機器類No2)

 さて、今日の午後から第12回目の全体会議が開催されました。議題の中心は47次隊隊の受入についての確認です。
 現在行なっている除雪作業、砂まき、47次隊が上陸して生活の拠点とする夏宿の立上げ作業、倉庫棟の冷凍庫、冷蔵庫の整理などを全員作業で行なうことが確認されました。また、回収し終えた使用済み雪上車を始めとする廃棄物の運搬準備や梱包作業もたくさんありますので、これらも各隊員が積極的に協力することもあわせて確認されました。
 また、47次隊が来て、氷上輸送、ヘリコプターでの空輸が始まります。47次隊が持ってきたヘリコプターで空輸できない大型物資(雪上車等)を氷上を使って輸送する氷上輸送が1週間行なわれます。この大型物資をしらせから降ろして大型ソリに満載に積込み、雪上車で荷揚げ場所に47次隊が持ってきます。そこからは私たち46次隊がラフタークレーンを使いトラックに積み込み、その後、関係する観測棟等に運ぶ「陸送」を担当します。この作業を1週間行う予定になっています。このトラック輸送を4つのチームで交代で行ないますので、チーム編成等も確認されたのです。その後にヘリコプターで行なわる空輸についても、Aヘリポートに運ばれてくる荷物もトラックでいろいろなところに運んでいきます。この持込み物資と持帰り物資の輸送が1月20日まで行なわれます。
 特に氷上輸送は海氷上のルートを使用しますが、気温の上昇と雪上車の通過によることで海氷が見る見る解けていきます。昨年も氷上輸送を行なっているうちに、パドルがどんどん大きくなり、最後の方は雪上車がこのパドルを避けきれなくなっていたところもありました。その後に45次隊が氷上輸送をしていたのですが、かなりルート取りには苦労していたことを思い出します。ということは、今度は私たちが解けかけているルートを使って輸送を行なうことになるのですが、充分に気を付けなければと思います。何せ海氷の下は水深200mを越える海だということも決して忘れてはならないのです。全体会議は残すところ12月の2回と1月の1回となったのです。ちなみに47次隊は既にフリーマントル港に停泊しているしらせに乗り込んだそうです。いよいよやって来るのです。

昨年の氷上輸送の様子の写真その1
昨年の氷上輸送の様子の写真その2
(昨年の氷上輸送の様子です)

11月30日(水)

(天候:晴時々曇・最大瞬間風速:20.2m/s・気温(最高:1.9℃ 最低:-5.2℃)(日出:出たきり、日入:沈まない))

 今日も最高気温が1.9℃(16時37分)となり、これで3日連続のプラス気温となり、さらに雪解けが進み、夏、本番を迎えたところです。外作業も、当然のように羽毛副を着ていたり、防寒D靴や防寒手袋で作業する隊員は皆無で、夏用の作業服、軍手、そしていよいよヘルメットを着用して作業をし始めました。ちょうど1年前に夏作業で毎日かぶっていたヘルメット姿が、あちらこちらで見え始めています。昨年来たときのようにヘルメットがピカピカしてはいませんが、ヘルメットも私たちと一緒に越冬しましたのでその分、色あせ艶もなくなりましたが、越冬経験という目には見えないもので表面が覆われているような気がします。47次隊は、どんな色のヘルメットをかぶってくるのかはわかりませんが、この貴重な経験で覆われたヘルメット、ヤッケ、そして何よりも46次隊の私たちが多分、大きく?(汚く)見えるのではないでしょうか。実際に45次越冬隊をAヘリポートで初めてみたときは、さすが越冬隊というオーラを感じたものです。さて、47次隊は46次隊がどのように見えるのかがとても楽しみです。

45次隊からはオーラ?が・・・の写真
(45次隊からはオーラ?が・・・)

第46次日本南極地域観測隊 越冬庶務 近江

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