ここからメインメニュー

メインメニューここまで

サイト内共通メニューここまで

ここから本文です。

稚内のあゆみ(歴史)

市のあゆみ

江戸時代の貞享2(1685)年に松前藩が、宗谷に藩主直轄の宗谷場所を開設したのが始まりで、以来、アイヌの人々との交易の場として、また北方警備の要所として栄えてきました。
そして、明治12(1879)年宗谷村に戸長役場がおかれた年を市の開基としています。
日露戦争後の明治38(1905)年南樺太が日本の領土となり、大正12(1923)年 稚内~樺太間に定期航路が開設されてからは、交通運輸の基地として発展を続け、昭和24年には北海道で14番目となる市制が施行されました。
戦後は、『水産』を中心に、『酪農』『観光』を三本柱として飛躍を続け、北海道北部の中核都市という機能も果たしています。
昭和62年には、ジェット機による東京直行便が就航したのを始め、現在はFDA(フジドリームエアライン)によるチャーター便が運航。平成7(1995)年からは、サハリンとの定期航路が復活。「日ロ友好最先端都市」としてサハリン州との交流もさかんに行われています。
現在は、市民と協働による魅力と活力にあふれたまちづくりを進めています。


 
年号 西暦 主要事項
貞亨2年 1685年 宗谷場所開設。
天明元年 1781年 宗谷に厳島神社建立(現存)。
天明5年 1785年 樺太探検隊長庵原弥六一行宗谷で越年、翌春病死(墓碑現存)。宗谷に北門神社創建。
亨和元年 1801年 奉行松平忠明宗谷を巡視する。宗谷に台場を築く。
文化3年 1806年 遠山金四郎、村垣左太夫西蝦夷地を巡視して宗谷に滞在。
文化4年 1807年 宗谷に初めて馬来る。
文化5年 1808年 松田伝十郎、間宮林蔵樺太探検のため宗谷を出帆。
天保2年 1831年 北門神社を稚内に移す。
安政3年 1856年 松浦武四郎樺太調査のため宗谷を出帆。
安政6年 1859年 宗谷秋田藩の管下になる。
明治2年 1869年 宗谷開拓使に属す。
明治3年 1870年 宗谷金沢藩に属す。
明治5年 1872年 宗谷支庁設置、開拓判官大山重主任となる。
明治6年 1873年 宗谷支庁を廃し留萌支庁の管轄になる。
明治8年 1875年 留萌支庁を廃し札幌本庁に合し、宗谷に開拓使出張所を置く。露国と樺太、千島交換条約締結、このため樺太原住民841名稚内に移す。
明治9年 1876年 宗谷に郵便局を設置。ノシャップに灯台を設置。
明治12年 1879年 宗谷に郡役所と戸長役場が置かれる(稚内の開基)。
明治17年 1884年 宗谷に警察署を置く。
明治18年 1885年 宗谷村尻臼に灯台設置、測候所併置。日本郵船会社小樽、稚内間に定期航路を開く。
明治19年 1886年 廃県置庁により道庁が置かれ、その管轄となる。
明治21年 1888年 宗谷郵便局、稚内郵便局に改称。郡役所、戸長役場、警察署、郵便局など、その他諸官公庁が稚内に移転。
明治22年 1889年 私立北見学舎設立。公立稚内簡易小学校開設。
明治23年 1890年 声問川渡守声問において寺小屋教育を始める。稚内・札幌間に電話回線新設。
明治25年 1892年 稚内簡易小学校声問、宗谷、尻臼に分校を置く。簡易水道布設。
明治26年 1893年 稚内簡易小学校が尋常小学校となる。
明治27年 1894年 稚内公立消防組設立。
明治29年 1896年 稚内区裁判所設置。
明治30年 1897年 宗谷税務署を稚内に設置。郡役所を改め宗谷支庁を開設。
明治32年 1899年 稚内小学校抜海分校設置。宗谷税関監視署を稚内に設置。
明治33年 1900年 稚内、宗谷村より分村し一級町村制を施行。9月24日初代町長泉田政成就任。稚内灯台設置。
明治39年 1906年 小樽、稚内、樺太定期航路開設。
明治41年 1908年 宗谷線建設建議案両院通過。稚内町に宗谷営林区分署を設置。
明治43年 1910年 北海道水産試験場駐在設置。
明治44年 1911年 山火延焼し、稚内町724戸、宗谷村71戸、その他諸官衙、学校、病院等灰燼に帰す。
大正2年 1913年 秋田木材会社、声問発電所を設置(管内電灯の初め)夕来特別教授場設置。
大正9年 1920年 第43議会の協賛を得、国費630万円余で稚内築港工事着手。
大正10年 1921年 声問石油鉱場設立。
大正11年 1922年 天北線開通。沼川、曲渕の地名誕生。
大正12年 1923年 庁立稚内中学校(稚高)創立。稚内町立実科高等女学校創立。稚泊連絡船運航開始。稚小トベンナイ分教場新設(北小前身)。
大正13年 1924年 稚斗連絡船運航開始。声問海水浴場開設。
大正14年 1925年 摂政宮裕仁親王殿下稚内に御寄港。秋田木材会社、発電所を稚内に設置、声問発電所を廃止。
大正15年 1926年 現宗谷線全通。稚泊連絡船対馬丸ノシャップ沖で坐礁。
昭和2年 1927年 砕氷船亜庭丸が稚泊連絡に就航。
昭和3年 1928年 稚内町大火。稚内港駅開駅(現稚内駅)。上修徳特別教授場開設。
昭和5年 1930年 普通選挙第1回町会議員選挙。稚内町大火。
昭和10年 1935年 宗谷護国寺跡文部省史蹟に指定。
昭和11年 1936年 稚内築港工事第1期設備完成(稚内港北防波堤完成)。
昭和12年 1937年 稚内測候所設置。
昭和13年 1938年 鉄道船入澗完成。稚内測候所、天気予報を開始。
昭和14年 1939年 豪州より緬羊50頭輸入。曲淵稚内炭鉱開砿。
昭和15年 1940年 都市計画区域決定。
昭和17年 1942年 北海道配電会社声問火力発電所設置。漁業無線局設置。
昭和19年 1944年 稚内保健所設置。
昭和20年 1945年 樺太居留民引揚船稚内に入港上陸。米軍稚内に進駐。国立稚内療養所開院。
昭和22年 1947年 町村長公選(西岡斌当選)稚内町会議員選挙。NHK稚内放送局放送開始。稚内労働基準監督署、農林省北見統計事務所を設置。
昭和23年 1948年 稚内港国際開港場に指定。
昭和24年 1949年 稚内市制施行。市章設定。市立図書館開館。消防本部消防署設置。
昭和25年 1950年 天興部落の一部、豊富村より稚内市に編入。第2期上水道拡張工事に着手。
昭和27年 1952年 上水道通水式。都市計画事業第1土地区画整理施行。北洋漁業再開、稚内より18隻参加。
昭和29年 1954年 稚内公園開園。
昭和30年 1955年 宗谷村稚内市に合併。稚内市長、市議会議員選挙(西岡市長3選)。
昭和31年 1956年 西カム天洋丸船団出航。稚内市地財再建団体に指定。稚内空港建設工事着手。
昭和32年 1957年 高松宮、同妃殿下御来稚。稚内測候所気象台に昇格。稚内港重要港湾に指定。
昭和33年 1958年 簡易裁判所庁舎落成。市制施行10周年、開基80周年記念式典。
昭和34年 1959年 樺太犬タロ・ジロ南極に生存発表。市立病院落成。稚内空港開港。稚内市長、市議会議員選挙(浜森辰雄当選)。稚内港中央ふ頭起工。
昭和35年 1960年 南極観測樺太犬記念碑建立。西岡斌氏名誉市民に推載。
昭和36年 1961年 宗谷岬に日本最北端の地の碑建立。樺太犬慰霊塔建立。
昭和37年 1962年 稚内市安全都市宣言。上水道第3次拡張工事起工並びに調印式。NHKテレビ開局。
昭和38年 1963年 宗谷診療所落成。幕別の地名恵北と改称。樺太慰霊塔(氷雪の門)乙女の像建立。
昭和39年 1964年 中央ふ頭使用開始。北海道漁業研修所落成。
昭和40年 1965年 稚内市都市改造5ヶ年計画を策定。樺太墓参団稚内港を出港。民放TV(HBC、STV)開局。稚内駅新駅舎完成。市立白樺児童館落成。上水道第3次拡張工事竣工。
昭和41年 1966年 稚内灯台移設完成。市体育館落成。
昭和42年 1967年 老人ホーム富士見園落成。渋谷長吉氏名誉市民に推載。市庁舎落成。中央小学校校舎落成。
昭和43年 1968年 市民憲章、市旗、市民の歌制定。西岡斌氏胸像建立。日赤全道大会三笠宮妃殿下御来稚。ノシャップ寒流水族館開館。天皇、皇后両陛下ご来稚。正確は最北端の位置に第2代目「日本最北端の地」碑を移設建立。
昭和44年 1969年 稚内市史出版。第1次林業改善事業開始。増幌ふ化場稚魚放流。第21回全道消防大会。北洋ふ頭建設起工。天皇・皇后両陛下ご来稚祈念歌碑建立。
昭和45年 1970年 市街地住居表示制度実施。明治乳業稚内工場創業。市営球場開設。宗谷広域生活圏振興協議会発足。宗谷厳島神社有形文化財に指定。青少年会館開設。
昭和46年 1971年 石油資源調査試錐開航。流通加工センター形成事業開始。あけぼの像建立。大岬肉牛肥育牧場開設。中央商店街で歩行者天国造設。消防新庁舎新築移転。ノシャップ米軍基地閉鎖を発表。第1回稚内市乳牛共進会。
昭和47年 1972年 乳牛1万頭突破。市民水泳プール新設。稚内市、ネベリスク市友好都市締結。
昭和48年 1973年 稚内市、バギオ市姉妹都市締結。広域消防稚内地区組合議会発足。稚内空港定期便就航。
昭和49年 1974年 在札幌ソ連総領事稚内市を公式訪問。北洋材積載のソ連船稚内に入港初貿易。駐日中国大使館参事官稚内市を表敬訪問。森林公園造成に着手。北洋ふ頭に地方卸売市場落成。稚内公園に「こどものくに」開園。青少年科学館開館。利尻礼文サロベツ国立公園に指定。特別養護老人ホーム富士見園開館。在札幌米国領事稚内市を表敬訪問。東児童館開設。
昭和50年 1975年 第1回冬まつり氷雪の広場開催。総合福祉センター開館。市長、市議会議員選挙(浜森辰雄5選)。稚内公園ロープウェイ完成。ノシャップ公園球技場オープン。スポーツセンターに武道場・カーリング場オープン。稚内、南稚内駅間鉄道高架工事完成。電子計算組織導入、システム開発開始。
昭和51年 1976年 上水道第5次拡張工事建設に着手。潮見が丘小学校開校。カナダ議会展開催在日公使来稚。UHB、HTBテレビ放送局開局。
昭和52年 1977年 北方漁業危機突破市民大会。近布に温泉ボーリング開始。北辰ダム導水トンネル工事に着手。沼川スポーツセンター開館。稚内海員開館開館。
昭和53年 1978年 稚内公園にレストハウス落成。日ソ友好親善道北市民の船使節団訪ソ。稚内市開基100年、市制施行30年、開港30年記念式典。開基百年記念塔、北方記念館、北方植物園完成。上水道第5次拡張工事、北辰ダム定礎式。下水道事業終末処理場建設に着手。市民温泉保養センター、稚内市母子福祉会館開館。稚内沖海底石油ボーリング開始。元南極観測船「宗谷」サヨナラ航海。市のシンボルマーク、標語、木・花制定。水産ビル落成。市開基100年記念映画「大いなる飛躍」完成。第1回稚内の観光と物産展を東京都新宿で開催。稚内市100年史出版。
昭和54年 1979年 稚内空港整備促進連絡協議会発足。ソ連輸入スケソ第1船入港。市長、市議会選挙(浜森辰雄6選)。宗谷沖1号井試堀調査船第5海工丸入港。船員保険保養所「宗谷パレス」落成。市道「緑・富岡環状線道路」の工事に着手。稚内公園の開基百年記念塔前で稚内市100年の記念を、50年後の未来へメッセージとして、託すタイムカプセルの埋設式。稚内とサハリンを結ぶ、国際旅客船就航の第1船が北ふ頭から出入港。北海道こどもの船が天北ふ頭から出港(国際児童年記念事業)。緑グラウンド・緑庭球場開設。探検家、植村直己氏を講師に招き「北極探検講演の夕べ」が市体育館で開催(国際児童年記念事業)。ソ連共産党サハリン州委員会トレチャコフ・ピョートル・イワノビッチ第1書記を団長とする一行が稚内市を表敬訪問。日本社会党本部の第10次サハリン州友好親善墓参団が北ふ頭から出入港。(株)稚内市水産公社設立。新稚内市総合計画基本構想策定。国道40号線バイパス全面開通式。
昭和55年 1980年 市社会教育センター開館。稚内水産食品製造センター完成。生誕200年を記念し探検家、間宮林蔵の立像建立。日ソ友好会館完成。ポリヤンスキー駐日ソ連大使御夫婦一行が稚内市を表敬訪問。友好都市ネベリスク・ザハールキン市長一行が稚内市を表敬訪問。元国連大使加瀬俊一氏来稚。東洋一を誇る稚内港北防波堤ドーム全面改築工事完成。「宗谷岬」の音楽碑完成。樺岡地区国営草地開発事業(大規模草地)完成。
昭和56年 1981年 市社会教育センター分館完成。市少年自然の家、漁村センター完成。第6次稚内港港湾整備事業5ヶ年計画を実施。稚内・利尻・礼文交流懇談会開催。中国初代札幌総領事陳抗氏一行が稚内市を表敬訪問。東浦漁港竣工。“第1回日ソ友好親善道民の船”が北ふ頭から出入港。天北緑地完成。稚内総合文化センター着工。印鑑証明制度が「印鑑登録証」に変わる。市総合体育館完成。全日本女子バレーボールチーム一行が来稚。市新食製品研究センター完成。スポーツ都市宣言制定。声問コミュニティーセンター完成。
昭和57年 1982年 上水道第5次拡張工事“北辰ダム”完成及び給水開始。増幌コミュニティーセンター完成。知的障害者更正施設“稚内はまなす学園”完成。宗谷岬展望台完成。映画“南極物語”稚内ロケ開始。稚内市とアンカレジ市姉妹港湾都市提携。市立稚内病院の増改築工事着手。主要道道稚内天塩線開通。富岡児童センター完成。
昭和58年 1983年 観光映画“最北に針路をとれ”完成。稚内聖苑完成。身体障害者授産施設“北光園”潮見が丘中学校開校。市長、市議会議員選挙(浜森辰雄7選)。アンカレッジ市からアラスカ産トナカイ寄贈。稚内日ソ友好経済交流促進使節団訪ソ。友好都市ネベリスク市・ザハールキン市長一行が稚内市を表敬訪問。映画“南極物語”に出演したタロ・ジロを稚内公園で飼育。大韓航空機墜落事件発生により、「稚内市大韓航空機遭難対策本部」を設置。山本自治大臣、石田海上保安庁長官来稚。姉妹港湾都市アンカレッジ市港湾委員長アーニー・マイケルセン夫婦来稚。公共下水道終末処理場通水式。稚内警察署新庁舎完成。曲渕コミュニティーセンター完成。映画“南極物語”記録的ロングランとなる。
昭和59年 1984年 第1回全国犬ぞり稚内大会が開催。住民記録オンラインシステム作動。公共下水道一部供用開始。稚内市総合勤労者会館完成。トナカイ“宗太郎”と稚子”に待望の赤ちゃん誕生。エネルギーセンター完成。稚内総合文化センター完成。(落成記念行事に市民“第9”を歌う。)宗谷300年祭を祝う。宗谷300年記念の碑建立除幕。中国残留孤児宮本千恵子さん一時帰国。稚内子育て推進協議会発足。稚内空港ジェット化工事着工。サハリン州姉妹友好都市代表団来稚。宗谷丘陵起工式。交通安全母の会結成。市立稚内病院の新病院完成。
昭和60年 1985年 タロ・ジロら年賀郵便を犬ゾリで配達。駐日中国大使宋之光さん来稚。観光映画“魅惑の冬わっかない”完成。沖合底引船第71日東丸がサハリン東海域で遭難。(乗組員3名が奇跡の生還。)稚内日ソ友好会館5周年記念式挙行。(ソ連対外友好文化交流団体連合会のスミルノフ極東部長ら出席)。張志民中国在札総領事一行、中国在日大使館の宋文中国防武官一行、稚内市を表敬訪問。大韓航空機事故の祈念碑「祈りの塔」完成。第1回日本最北端平和マラソン大会開催。南極観測砕氷鑑「しらせ」寄港。市立稚内病院の落成記念式典挙行。稚内北星学園短期大学建設工事着工。
昭和61年 1986年 将棋女流名人位を獲得した中井広恵さんに市民栄誉賞第1号を授与。子育て平和都市宣言。アンカレジ市から寄贈されたトナカイの夫婦に2頭目の赤ちゃん誕生。「緑と太陽の村」オープン。浩宮さま来稚。沖縄県石垣市長ら一行来稚。富士見球技場オープン。民放ラジオ(HBC,STV)開局。
昭和62年 1987年 稚内北星学園短期大学開学。市長、市議会議員選挙(浜森辰雄8選)。瀬戸常蔵氏に名誉市民の称号贈る。アンカレッジ市より寄贈されたトナカイの夫婦に3頭目の赤ちゃん誕生。稚内空港がジェット化、稚内・東京間、稚内・千歳間にジェット機就航。綿貫開発庁長官、章曙中国駐日特命全権大使、張志民中国在札総領事ら一行来稚。「てっぺんエアポートまつり」開催。稚内北星学園短期大学が、アメリカ合衆国のイースタンメノナイト大学と姉妹校を提携。沖縄県石垣市と友好都市を提携。市民手づくりのミュージカル「ザ・オキアゲ」上演。「しおさいプロムナード」完成。
昭和63年 1988年 稚内公園にゲストハウス「氷雪」がオープン。空港公園に「スノーモービルランドとっかり」オープン。世界で第1号の「世界平和の鐘」と市民の善意で制作された「子育て平和の鐘」を宗谷岬平和公園に設置。(世界31カ国の大使・公使らを招き落成式が行われる)。内原市長ら石垣市交流団友好親善のため来稚。白夜祭が、新しいロングランイベントとして再スタート。稚内市開基110年、市制施行40年、開港40年記念式典を挙行。「動物ふれあいランド」が空港公園にオープン。第3代目の「日本最北端の地の碑」が完成。第39回北海道婦人大会開催。友好都市ネベリスクとの間をヨットで相互航海する「友好の白い帆」が実現。子育て運動10周年を迎え、漫画家の手塚治虫氏を招いて講演会を開催。友好都市提携15周年を記念して、ネベリスク市のファルフトジーノフ市長ら一行3名が来稚。(“ネベリスク通り命名式”などの記念行事を開催)。空港公園内にゲストハウス「となかい」がオープン。高橋善之助氏名誉市民に推載。海洋スポーツセンター開設。
平成元年 1989年 稚内市総合計画の第2期基本計画を策定。67年間にわたり走り続けた「天北線」が廃止される。デイサービスセンター富士見園を開設。昭和60年東浦海岸で発見されたクビナガリュウの化石が日本最古のものと鑑定。戦後初のサハリン観光第1船となった“サハリンツアー89”が稚内港を出港。第41回北海道消防大会を開催。浜勇知展望休憩施設“こうほねの家”オープン。浜勇知に「森繁久彌の歌碑」を建立。シルバー人材センターを設立。養護老人ホーム富士見園が落成。「そうや竜ふるさと歴史観」オープン。稚内・東京間に中型ジェット機初就航。サハリン州ネベリスク市から「友好の白い帆」ネベリスク搬入港。市内の小学生バレーボールチームがネベリスク市を訪れ、「日・ソスポーツ交流」が実現。「ニュー宗谷」が就航。「子育て運動実施交流全国集会」開催。第44回はまなす国体秋季大会にご臨席のため来道された天皇・皇后両陛下がご訪問。国体最大の自転車ロードレース「第3回ツール・ド・北海道」開催。稚内で「オーロラ」が観測される。緑ケ丘学園改築。公園スキー場、こまどりスキー場にスキーロッジ完成。
平成2年 1990年 稚内と韓国を結ぶ、初の国際チャーター航空便就航。友好都市、沖縄石垣市から「石垣市明石小学校の交流団」、「石垣市少年友好親善の翼」来市。稚内北星学園短期大学と姉妹校のアメリカ合衆国バージニア州のイースタンメノナイト大学からスタディツアーの一行が来市。サハリンツアー’90の第1船が稚内港から出航。サハリン州から、中学生一行や婦人・少女バレーボールチーム、また、フョードロフ・サハリン州知事一行も当市を訪れ、交流を深める。当市の中学生の2つの交流団がそれぞれサハリンや韓国を訪問し、交流を深める。第1回最北端まつり開催。稚内市沼川支所・沼川診療所が完成。稚内港に第1次サハリン残留邦人一時帰国団入港。やけど治療のため札幌医大に入院中のコンスタンチン君の母親タリーナさんが来市。学校給食センターが完成。秋のビックイベント感動市場開催。若葉球場・若葉球技場オープン。
平成3年 1991年 サハリン州コルサコフ市からティモフェーエフ人民代議員会議議長(兼市長)一行が当市を訪れ、友好都市の提携にむけて協議をする。大地震により大きな被害を被った姉妹都市フィリピン・バギオ市に、稚内市の代表団が義援金を届ける。宗谷丘陵展望休憩施設ゲストハウス「アルメリア」完成。市長、市議会議員選挙(敦賀一夫市長初当選)。緑体育館完成。稚内港に第2次サハリン残留邦人一時帰国団入港。稚内市代表団がサハリン州コルサコフ市を訪問し友好都市提携調印。市内の少年少女スポーツ交流団がサハリン州ネべリスク市を訪問。港小学校とハバロフスク地方ワニノ市ダッタ小中学校の児童生徒が相互交流。サハリン州ユジノサハリンスク教育大学の一行が来訪し、稚内北星短期大学と姉妹校提携調印。大韓航空機事故による犠牲者の鎮魂と世界平和を願い「最北の野焼き」が行われる。稚内市とサハリン州ユジノサハリンスク市の間に初のチャーター直行便が就航。北海道防災総合訓練を実施。浜森辰雄氏名誉市民に推戴。友好都市石垣市と稚内市の代表団が各市を相互訪問。市民と市長のテレホンホットラインがスタート。稚内讃歌開催。タロとジロを稚内に誘致する運動市民大会開催。わっかない21世紀懇話会・市政モニター制度設置。
平成4年 1992年 富磯小学校の児童が姉妹校の石垣市明石小学校を訪問。稚内マリンタウンプロジェクトの中心となるシーポートプラザ起工式を挙行。映画「南極物語」で主役の樺太犬を演じ、一躍有名になったスター犬のタロが死亡。声問川大曲遺跡の発掘調査開始。伊藤多喜雄氏が来稚し、ライブコンサート開催。新造カー・フェリー「クイーン宗谷」が就航「緑・富岡環状線」が全線開通。友好都市関係にあるサハリン州と北海道の14自治体の代表者が集まり「サハリンサミット」を開催。上声問小学校改築完成。市立稚内病院に脳神経外科開設。MRI(核磁気共鳴映像装置)の導入。声問大沼地区に道立公園の設置が決定。平成5年度から7か年かけて整備。こまどりスキー場と曲淵スキー場に新しいロッジ完成。ノシャップカーリング場が全面改修。名誉市民浜森辰雄氏が「勲三等旭日中緩章」を受賞。
平成5年 1993年 4極交流サミット・4極交流こどもサミット開催。テレビ広報・稚内市民ニュース開始。友好交流市民の翼の一行が沖縄県石垣市を訪問。デイサービスセンター潮見園・在宅介護支援センター完成。毛利さん、宇宙から変える展開催。稚内高校に看護専攻科開設。第44回北海道植樹祭開催。稚内シーポートプラザ上棟式を挙行。育みの里工事着工。
平成6年 1994年 スパイクタイヤの使用規制地域に指定。稚内全日空ホテル完成。温水プール水夢館完成。サハリン定期航路のトライアル運航の実施。利尻・礼文・サロベツ国立公園が指定20周年。稚内市総合在宅ケアセンター開所。北コミュニティーセンター完成。稚内市民情報サービス「テレホンガイド」稼働。大沼野鳥観察館完成。大型はしご付消防自動車(38メートル級)購入。大沼球場完成。
平成7年 1995年 市長、市議会議員選挙、敦賀一夫市長再選。サハリン定期航路(稚内港・コルサコフ(旧大泊)間)就航。ポートサービスセンター完成。稚内・大阪(関西国際空港)間直行便就航。全国高等学校野球選手権大会北北海道大会開催。こまどり5、栄5丁目住居表示。北方記念館入館者100万人達成。赤十字北海道大会にご臨席のため、日本赤十字社名誉副総裁常陸宮妃殿下ご来稚。稚内地方合同庁舎完成。
平成8年 1996年 港ふれあいセンター完成。総合福祉システム稼働。外国船入港1万隻達成。コミュニティ放送局「エフエムわっかない」開局。稚内港国際旅客ターミナル完成。4極交流「首長・子どもサミット」開催。砕氷艦「しらせ」入港。特別養護老人ホーム富士見園改築完成。市立白樺保育所改築完成。「稚内市民の翼」で107人が石垣市を訪問。「石垣市民の翼」で52人が来稚。上勇知診療所改築完成。こまどり5丁目で土砂崩れ発生。4世帯が避難。高規格救急車購入。
平成9年 1997年 法務局から『人権モデル地区』の指定を受ける。資源物分別収集スタート。サハリン州ネベリスク市との友好都市提携25周年記念による市民視察団訪問。宗谷、沼川支所で住民票他発行を本庁とオンライン化。稚内市健康増進センター童夢が新築完成。戸籍事務のコンピュータ化。将棋「第38期王位戦7番勝負第1局」開催。第52回天皇賜杯全日本軟式野球北北海道大会開催。ネベリスク市友好都市提携25周年記念レセプション開催。稚内市インターネットホームページ開設。こまどり3丁目で土砂崩れが発生。5世帯が避難。稚内市保険福祉センター完成。東京直行便通年運航開始。東京直行便冬期搭乗率向上対策助成の実施。
平成10年 1998年 富岡学童保育所を増設。教育委員会が旧税務署に移転。沼川みのり公園オープン。市役所の組織・機構が変わる。院外処方箋の発行開始。道立宗谷ふれあい公園オープン。中央小学校新校舎完成。稚内消防署新庁舎完成。旧CCW社屋を社会教育センター東分館に改築。開基120年・市制施行50年・開港50年記念式典挙行。各記念事業実施(私の好きな稚内募集および写真集制作)ロックコンサート(トシ&葉加瀬太郎)。邦楽4人の会。NHK総合テレビ番組「ふたりのビッグショー」(橋幸夫・西田ひかる)公開録画。海上自衛隊大湊音楽隊演奏会。花を生かしたまちづくり’98稚内。プロ棋士の指導対局百面指し。全国巡回ラジオ体操(雨天のため南小体育館に変更)。どさんこワイド稚内スペシャル。国民体育大会軟式野球北海道大会。薪能(悪天候のため屋内能舞台に変更)。サハリン市民視察団訪問。まなびふれあいフェスタ’98『男女共同参画社会を考える街づくり』記念講演会(講師:田嶋陽子)。市民第9の夕べ。夢発信!てっぺん子ども議会。南極樺太犬「タロ、ジロ」初めての里帰り。バスケットボール日本リーグ稚内大会。『市民石垣訪問団』石垣市訪問。中央小学校が完成。消防合同庁舎が全面改築。こどものくにが閉園。風力発電施設(ネドーとの共同事業)稼働。
平成11年 1999年 稚内市史第2巻完成。稚内温泉『童夢』利用者50万人達成。稚内湊港湾計画「改訂」の策定。第3次稚内市総合計画がスタート。リサイクルセンターが完成。地域振興券の交付。第14回統一地方選挙、市長・市議会議員選挙(横田耕一初当選)。サハリン定期航路再開「アインス宗谷」就航。稚内・コルサコフ定期航路再開記念訪問団のサハリン訪問。上声問小学校休校。南地区在宅介護支援センター設置。(老人保健 施設ら・ぷらーさ内)。全道軟式卓球選手権大会開催。「ボランティア愛ランド’99in稚内」開催。宗谷地区の泊岸遺跡からほぼ完全な形の人骨を発掘。稚内公園スキー場のジャンプ台を解体。サハリン州ネベリスク市と稚内市の子ども達による少年少女サミット開催。サハリン州ネフラスカ村から稚内樺太犬保存会に純血種の樺太犬5頭が寄贈される。稚内サハリン村を開設。
平成12年 2000年 コンサドーレ札幌の6選手が来稚、サッカー講習会を開催。わっかない産業クラスター研究会設立。樺太犬保存会の阿部勇氏が犬ぞりで間宮海峡を横断(日本人初)。特急列車「スーパー宗谷」運航開始。スキルドポテト集団が解散。サハリンプロジェクトで活躍中の石油掘削船「サハリンスカヤ号」と「オハ号」が稚内港に入港し、船体整備。稚内北星学園大学が4年制大学としてスタート。介護保険制度スタート。ゴミ処理基本計画を改定、日ロ定期航路利用促進合同会議、水産問題協議会を開催。稚内港開港以来25,000隻目の外航船が入港。第42回衆議院議員選挙及び最高裁判所裁判官国民審査。稚内温泉『童夢』利用者90万人達成。
平成13年 2001年 情報公開条例及び個人情報保護条例の施行。家電リサイクル法施行。狂牛病感染乳牛を確認。ユジノサハリンスク市と友好都市提携。ロシア・アンサンブル「カリーナ」による議場コンサート開催。米国中枢同時テロ事件発生。コルサコフ友好都市提携10周年記念式典挙行。スポーツ都市宣言20周年記念「スポーツの科学」開催。宗谷中学校落成記念式典挙行。吉田政一氏、名誉市民に推戴。名誉市民吉田政一氏死去に伴う追悼の会執行。道議会議員補欠選挙、岡谷繁勝氏初当選。
平成14年 2002年 ソルトレークシティ冬季五輪が開催され、渡辺ゆかり選手が活躍。外規法(外国人漁業の規制に関する法律)が厳格適用され、地域経済に打撃。天北地区の小中学校を統合し、天北小中学校開設。ユジノサハリンスク市に稚内事務所開設。中央地区で大型火災が発生、被害総額16億円強。ネベリスク市と友好都市提携30周年記念事業を開催。住民基本台帳ネットワークが稼動。稚内温泉「童夢」でレジオネラ菌検出。女優吉永小百合さん「平和の詩」朗読会開催。石垣市と友好都市提携15周年記念事業開催。都市再生指定都市に稚内市が選定。
平成15年 2003年 石垣市との友好都市提携15周年を記念し市民交流団が石垣市を訪問。国立療養所の廃止を受け「市立稚内こまどり病院」が誕生する。統一地方選挙が行われ、道議会議員選挙(稚内市部)は吉田正人氏が初当選、市長選挙は横田耕一市長が2回目の当選。市議会議員選挙は10人の新人議員を含む24人が当選。国際交流特区が認定される、稚内港の機能強化に弾み。新しい市立図書館がオープン。大韓航空機撃墜事件から20年目を迎える。大岬周辺地区が宗谷岬に住居表示変更。宗谷北部任意合併協議会が発足。
平成16年 2004年 利尻礼文サロベツ国立公園指定30年を迎える。稚内・名古屋航空機路線が開設。幼保一元化特区が認定される。改正ソーラス条約が発効され、稚内港の警備を強化。近隣町村との合併問題は合意に至らず。トレードフェア-inサハリンが開催され、大盛況に終わる。稚内温泉「童夢」の入場者が200万人を突破。南中ソーラン全国交流大会が開催される。全国風サミットが開催される。宗谷丘陵の周氷河地形が北海道遺産に認定される。市職員近江幸秀さんが第46次南極地域観測隊員に選出される。
平成17年 2005年 恵北の旧幕別分庁舎にてNHKドラマ「望郷」ロケが行われる。幼保一元化特区の第1号、富岡幼稚園(保育園)がスタート。ノシャップパークゴルフ場オープン。西稚内地区の地名を西浜(1~4丁目)に変更。サハリンから稚内への直行チャーター機が初飛行。軟式野球(Cクラス)の日本一を決める高松宮賜杯野球大会が大沼球場で開催。特別養護老人ホーム稚内緑風苑オープン。南極観測隊派遣の近江幸秀隊員、昭和基地から母校声問小児童と交信。国内最大規模の風力発電(57基)「宗谷岬ウィンドファーム」が稼動開始。市費負担教職員の任用を認める「てっぺん教育力特区」が認定される。市営宝来団地の完成、宝来地区活動拠点センターがオープン。
平成18年 2006年 稚内公園に風力発電を利用した燃料電池システムが設置される。トリノ冬季五輪に稚内出身渡辺ゆかり選手が出場(15位)。地域の安全を守るスクールガード組織が拡充。稚内公園スキー場、ロープウェイが廃止される。シーニックバイウェイに宗谷がルート指定を受ける。夜行特急列車「利尻」の季節運行化実施。南極観測50周年を迎え、南極踊りの再現と畠山みどりさんの来稚。ユジノサハリンスク市友好都市提携5周年記念のため文化交流団訪サ。稚内港北防波堤ドーム竣工70周年を迎え、記念イベントが開催される。道州制をテーマにタウンミーティングが開催される。(竹中総務大臣来稚)市内声問に大規模太陽光発電実験実証研究施設稚内サイトの建設が決定。千島沖地震の津波警報発令により799名が避難。プロ野球日本一の日本ハムファイターズ選手が来稚し市民と交流。地域経済の拠点として宗谷経済センターが新築オープン。
平成19年 2007年 東地区活動拠点センターがオープン。抜海小中学校が閉校される。市分庁舎が廃止される。稚内市自治基本条例が施行される。稚内副港市場がオープン。市が係制からグループ制に変更、また、電話が直通方式に変更される。第16回地方統一選挙が行われ、道議会議員選挙は吉田正人氏が2回目の当選、市長選は横田耕一市長が3回目の当選。市で、ノーマイカーデーを実施。市民が一日議員になる「市民議会」が開かれる。石垣市と友好都市提携20周年として、市民による相互交流が行われる。南極観測船「しらせ」が稚内入港。新廃棄物処分場が供用を開始。フランス駆逐艦「ヴァンデミエール号」が稚内入港。ラ・ペルーズ顕彰記念碑が建立される。
平成20年 2008年 国際・国内フェリーターミナルが完成。メモリアル事業(稚内市制施行60年記念事業、稚内港開港60年記念事業、会津藩北方警備200周年記念事業、ふるさと訪問事業)が行われる。金属ごみ・容器包装プラスチック・白色トレイの分別が開始市の開庁時間が変更される。松坂大輔スタジアムがオープン。第46回北海道障害者スポーツ大会が開催される。市でも、青色防犯パトロールを開始。稚内観光マイスター初級試験が初めて実施される。藤田征樹選手が北京パラリンピックに出場し、3つのメダルを獲得。藤田征樹選手に市民栄誉賞を授与。第4次稚内市総合計画を策定。
平成21年 2009年 家庭系ごみ有料化開始。稚内市メモリアル事業(間宮海峡発見200年記念事業、南中ソーラン全国交流祭in稚内、プロ野球イースタンリーグ公式戦、プロバスケットボール公式戦)が行われる。稚内駅周辺地区市街地再開発事業(再開発ビルの第1期工事開始)。第33回北海道都市問題会議開催。稚内空港2,200m滑走路供用開始。
平成22年 2010年 定住自立圏構想の「中心都市宣言」。稚内市観光振興計画の策定。駅前再開発ビル内に22年ぶりに映画館が復活。市職員2人目の第52次南極観測隊員派遣。稚内市メモリアル事業(第50回みなと南極まつり、友好都市アンサンブルジョイント公演等)。上海万博で観光大使に任命された高校生らが「南中ソーラン」を披露。日本学士院賞と恩賜賞を受賞した本市出身の表章氏へ3人目の市民栄誉賞を授与。

平成23年


2011年
 
宗谷定住自立圏形成協定を締結。環境都市を宣言。太陽光発電実証研究施設が市に譲渡され「稚内メガソーラー発電所」となる。新稚内駅舎が完成し開業。5代目稚内市長に工藤広が就任。稚内市メモリアル事業(日本最北端の地の碑建立50周年記念式典。最北端・食マルシェ、公開録画「NHKごきげん歌謡笑劇団」)。稚 内港が日本海側拠点港に選定。
平成24年 2012年 稚内駅周辺整備事業が完成。再開発ビル「KITAcolor(キタカ
ラ)」グランドオープン。道内114番目となる道の駅「わっかない」誕生。生ごみ中間処理施設「稚内市バイオエネルギーセンター」本格稼働。「第16回全国風サミットinわっかない」開催。映画「北のカナリアたち」全国公開。稚内市・ネベリスク市有効都市締結40周年記念式典開催。乳幼児等医療費助成制度の拡大。稚内市防災マップ作成・全戸配布。市の施設に標高表示看板設置。鹿児島県枕崎市と友好都市締結。「稚内ブランド」認証制度創設。稚内東中学校新体育館完成。稚内市高齢者保健福祉計画策定。宝来地区に2棟目の10階建て市営住宅が完成。マチとみなとを結ぶ「波止場プロムナード」完成。氷雪の門・九人の乙女の碑平成祈年祭50周年記念事業挙行。稚内市民栄誉賞を受賞している藤田征樹選手がロンドンパラリンピックで2大会連続メダルを獲得。稚内市・石垣市友好都市締結25周年を記念して稚内市民交流団「稚内市民の翼」を結成し石垣市を訪問。

平成25年

2013年
「わっかない市民便利帳」全戸配布。「旧瀬戸邸」が北海道登録有形文化財に指定。稚内市・石垣市友好都市25周年。道内6番目となる「わっかない海の駅」登録。統合型位置情報通知システム運用開始。緊急告知防災ラジオ全戸配布開始。「稚内ブランド」に新たに5点認定。稚内バイオマスター(肥料)の配布を開始。市立図書館新館開設10周年。FDA(フジドリームエアラインズ)による名古屋・稚内間チャーター便が運航。豪華客船「飛鳥Ⅱ」が稚内港に初寄港。「BS日本の歌」の公開録画実施。緊急告知防災ラジオを活用した稚内市総合防災訓練実施。東中学校新校舎竣工。道北6都市によるユジノサハリンスク道北物産展開催。稚内大谷高等学校創立50周年記念式典挙行。稚内高等学校創立90周年記念式典挙行。稚内町内会連絡協議会創立50周年記念式典挙行。
平成26年 2014年 「稚内港湾計画」改定。震災復興支援として岩手県大船渡市へ職員派遣。第1回日本最北端わっかない「白夜祭」開催。電子カルテシステム稼働開始。稚内商工会議所名誉会頭井須孝誠氏に対し7人目となる名誉市民章を贈呈。利尻礼文サロベツ国立公園指定40周年。稚内大谷高等学校が旧稚内商工高等学校跡地に移転。テレビ北海道(TVh)中継局開局。
平成27年 2015年 稚内西小中学校が閉校。稚内港ボーディングブリッジ供用開始。稚内市高齢者保健福祉計画・第6期稚内市介護保険事業計画の策定。稚内市オリジナルご当地ナンバープレートの交換・交付開始。日ロ定期フェリーの運航会社が平成27年度をもって撤退。稚内市まち・ひち・しごと総合戦略の策定。稚内市人口ビジョンの策定。地域医療を支える稚内市民会議の設立。南中ソーラン連がイタリアで開催された「ミラノ国際博覧会」に参加。上勇知小学校100周年記念式典。稚内中央小学校創立50周年記念式典。
平成28年 2016年 上勇知小中学校が閉校。NHKのど自慢公開放送。南地区活動拠点センターオープン。南極観測60周年を記念して各種事業を開催。国の広域観光周遊ルートに「日本のてっぺん。きた北海道ルート」が認定。サハリン定期航路再開。大雨災害により市内各所に被害発生250名が避難。砕氷船「しらせ」が稚内港に寄港。藤田征樹選手がリオパラリンピックで銀メダルを獲得。稚内港北防波堤ドーム竣工80周年。観光スポットに無線LANを整備。



 

お問い合わせ先

総務部総務防災課
稚内市中央3丁目13番15号
総務グループ 0162-23-6235、法規文書グループ 0162-23-6259、選挙・統計グループ 0162-23-6293、IT推進グループ 0162-23-6406、防災グループ 0162-23-6380

メールでの問い合わせはこちら

本文ここまで

ここからサブメニュー

サブメニューここまで

ここからフッターメニュー